「アテンザ」や「アクセラ」をTVコマーシャルや街中のポスターなどで見た時、その赤いボディカラーが印象を強め、記憶に残ったのではないだろうか。赤は惹きつける色。エネルギーを感じさせる情熱的な色だ。そして、広島県安芸郡のマツダ本社敷地内に構える「マツダミュージアム」でも、赤いアクセラが来場者を出迎えてくれる。

「マツダミュージアム」で出迎えくれたアクセラ スポーツ(左)とアクセラセダン(右)。この赤、普通の赤ではないのだ

"魂動"デザインには魂の赤がよく似合う

マツダの歴代のクルマを語るなら、「赤」は欠かせない色なのだそう。確かにミュージアムに展示されていた「ファミリア」、初代「ロードスター」の色も赤だった。

これまでマツダが使用してきた赤には、"サンライズレッド"(1980年、ファミリア)、"クラシックレッド"(1989年、ロードスター)、"ビンテージレッド"(1991年、「RX-7」)、"ベロシティレッド"(2003年、「RX-8」)、"トゥルーレッド"(2005年、ロードスター)、"ジールレッド"(2012年、「CX-5」)など、時代を彩り、築き上げてきた歴史がある。

しかし同時に、赤は大人気のボディカラーというわけはなく、選ばれるのは販売台数の内の5%程度とも聞いた。ではなぜ、マツダは最新車種のアテンザやアクセラで赤"押し"なのだろうか。

マツダは第六世代(2012年発売以降のクルマ)のデザインテーマを、生命感ある動きを意味する"魂動"と定めている。この"魂動"から誕生したアテンザとアクセラに採用されている赤は"ソウルレッドプレミアムメタリック"(以下、ソウルレッド)という。すなわち、"魂の赤"だ。

(上から)ジールレッド、ソウルレッド、トゥルーレッド。ソウルレッドの際立つ陰影が印象的

2013年3月より、同じ広島を本拠地とする広島東洋カープのヘルメットに、ソウルレッドをイメージした特別色が採用された

0.1mmの層の中に4層も

本社工場第1車両製造部の筏津敏雄さんが、電着塗装から第1ベース、第2ベース、クリアコートまでを段階的に色で示したモデルを前に解説。第2ベースの半透明な染料が鮮やかさとクリア感を出す

アテンザの量産体制に入る4カ月前に塗装システムが完成したというこの色は、"魂動"デザインに魂を吹き込むために誕生した、マツダの挑戦だったという。そこで、一般は立ち入り不可の本社の塗装工場へ場所を移し、デザイン本部プロダクションデザインスタジオ・カラー&トリムデザイングループの細野明洋さんに話をうかがった。

「カラーも造形の一部であり、人の感性に訴える高品質なカラーを求めました。内から発せられる力強さを感じて、見ていただいた人にドキドキしてもらいたい。すれ違ったら思わず振り返りたくなるカラーを、量産モデルで実現したのがソウルレッドです。

ギラギラ輝かせるのではなく、立体がきれいに、そして細かく輝く新しい赤です。実はクルマの塗装の厚さは0.1mmしかないのですが、その0.1mmの層の中はさらに4層に分かれています。この塗膜の構成にさまざまな工夫を施すことによって、理想としていた立体の内から出る力強さを表現することができました」(細野さん)。

しかし、ソウルレッドを量産できるようになるまでにはたくさんの難題があったと、塗装技術を担当している技術研究所主幹研究員の久保田寛さんは言う。

量産を困難にさせたのは、ソウルレッドの特殊な塗膜構成。ソウルレッドの塗膜構成は、従来のメタリックやソリッド層の上にクリア層、ソリッド層とマイカ層の上にクリア層を重ねるのではない。第1ベースとしてできるだけ強い光を反射する反射層と、第2ベースとして赤い光をより多く浸透させる透過層によって、理想的な発色を実現しているのだ。

実際、その特殊な塗膜構成ゆえに、数ミクロンの誤差があるだけで発色が変わってしまうなど、これまでの塗装と全く異なることが多い。完成までには反射層のアルミフレークの傾き差を減らす工夫や、高彩度赤顔料を採用するなど、さまざまなトライ&エラーを繰り返したという。

また、"魂動"デザインの特徴である躍動的なボディの上に、ムラなく均一に塗装できるロボットも必要となる。ロボットの開発には、マツダの塗装工程で5名しかいな卓越技能者「匠」の塗り方などを研究して数値化するなど、技術的な改革と躍進が求められた。

ソウルレッドの量産の話がデザイナーから来た時、久保田さんはどう感じたか聞いたところ、「困惑」が初めの印象だったという。「どうすればいいのだろうと頭を抱えたのですが、"魂動"デザインにソウルレッドが施されているスケールモデルをデザイナーから見せられ、魂が揺さぶられました。『何としてでもソウルレッドを量産できるようにしよう!』と覚悟を決めました」(久保田さん)。

事実、4人に1人がソウルレッドを選ぶ

ソウルレッドをまとったアテンザが2013年のワールドカーデザインオブザイヤーで、「ジャガー・Fタイプ」と「アストンマーチン・ヴァンキッシュ」と並び、ベスト3に選出された。そして「オートカラーアウォード2013、オートカラーデザイナーズセレクション」を受賞している。

この時、デザインを担当した細野さんは、「他社のデザイナーに、『よく実現できたね、普通なら製造現場からOKされないよね』と言われたよ」と上司から聞いたそうだ。デザイナーがやりたいと思っても実現できない色。そのような複雑な課題を持ち合わせていたソウルレッドは、デザインの現場で感じたクレイモデラーとデザイナーの関係同様、マツダのカラーデザイナーと技術グループがお互いの心を動かし合い、協力し合ったからこそ実現したのだった。そして、新型のアクセラの販売では約25%の人がソウルレッドを選択するという、赤では異例の人気を誇っている。

手作業でソウルレッドに塗るお手本を見せてもらった

スプレーガン未体験の筆者も、レクチャーを受けながら4層の塗りにチャレンジ!

ソウルレッドに続くカラーも?

今後、ソウルレッドの塗膜構成を応用した、新しい色の展開も期待できる。実際、その応用は可能という。ただし、色によって反射などが異なるため、ソウルレッドの塗膜構成をそのまま横展開すればいいというものでもなく、まだクリアしていかなければならない課題があるようで、今まさに実現への考察が始まっているようだ。躍動的なボディを内から輝かせるまた新たな色の登場も、そう遠くないのかもしれない。

ソウルレッドをほかの赤と比較しながら特徴を教わると、その色のすごさがよく伝わってきた。光が当たっているソウルレッドは、とても0.1mmの塗装面の輝きとは思えないような、鮮やかでありながら奥行きを感じる赤に見えるが、何より、車体の曲線による陰影部分の落ち方が鋭い。単にカッコイイ赤では片付けるには惜しい、クルマのボディラインを引き立てる「入念に設計された赤」であることがよく分かる。

今回、塗装の先生をしてくださった(左から)坂本遥加さん、山崎麗さん、筏津さん。山崎さんと坂本さんは技能五輪で塗装の腕を競い、共に好成績を修めている

ソウルレッドに染まるまで

また、取材ということで特別に見学させてもらったU2塗装工場では、300ボルトの電圧をかけて塗装される電着塗装工程から、塗装下地材のひとつであるシーラーの塗装、そして、マツダ独自のシステムである「スリー・ウエット・オン塗装」を見せていただいた。

塗装工程では、環境負荷に配慮したVOC(揮発性有機化合物)とCO2(二酸化炭素)を同時に削減する「スリー・ウエット・オン塗装」というシステムを採用している。ここでは、塗装ロボットによってソウルレッドに塗られるCX-5を見ることができた。マツダはアテンザ発売直後の2012年12月、"魂動"から誕生した最初のクルマ、CX-5にもソウルレッドを追加採用している。

車体工場から運ばれてきたボディに表面処理が施される

300ボルトの電圧をかけて塗装される電着塗装行程

シーラー充填のセクションでは、人の手によって行われる部分もあった。その後、車体は乾燥炉へと運ばれる

スリー・ウエット・オン塗装では、ダチョウの羽を使用してホコリを落とすオーストリッチという工程がある。全てのゴミが取りきれているかどうか、手作業でLED照射をして確認する

車体に伸びるロボットのアーム。CX-5のボディがソウルレッドに塗り上げられていく

赤く輝くアテンザやアクセラなど見た時、なぜ「カッコイイ」と感じてしまうのか。ソウルレッドの秘密を知った今、少しは納得してもらえたのではと思う。