中盤のねじり合いは互角の進行

森下九段の想定通りに進んでいた本局だが、ツツカナは、自身が+150~250点程度有利であると評価していた。その点数がくっと落ち始めたのが次の局面だ。

図5(62手目△6九金まで)

図で先手の角は取られることが避けられなくなっている。もちろんツツカナがそんな簡単なことを見落としているわけはなく、角を取られても不利にはならないと見込んでいたわけだが、実際に取られてみると急に自信を失いはじめたのだ。

そして控室のプロ棋士も、角を取れる展開になったところで森下九段が指しやすいと判断している。ひとり別次元の高い知識と経験で指し進めてきた森下九段に、ようやく周囲の評価が追いついてきた感じである。

とはいえ、まだ決定的な差がついたわけではない。ここから先は非常に難解な中盤の戦いが続く。控室の評価も、ツツカナの評価値も細かく揺れ動いていた。中盤のねじり合いはコンピュータの強さが最も発揮されるとして恐れられているところであり「こういう展開は人間が勝ちにくいのでは」と心配する声も聞こえだした。

だが、矢倉伝道師の読みは、難解な中盤戦でコンピュータに勝るとも劣らない冴えを見せる。

本局の観戦記担当は推理作家の西村京太郎氏

検討陣がのけぞる攻防

図6(73手目▲2八角まで)

図7(80手目△3八金まで)

図6の▲2八角は、人間の感覚では非常に苦しい手だ。強力な攻め駒である角を受けのためだけに自陣に手放すのはもったいない、指しにくい、というのが人間の感覚である。だが、森下九段はこの手を「ツツカナは絶対に角を打って辛抱してくる」と読んでいたという。

さらに検討陣を驚かせたのが図7の局面。手順で言うと△5八歩成▲同金△3八金とした局面である。大事な歩を成り捨てて、金を相手の玉とは反対方向に使っていく。将棋のセオリーとは正反対の構想であり、検討陣は森下九段の真意を図りかねていた。それでも角を取ることができれば不満はないが、先手の角は1七に逃げることができる。そこで△2九金と1九の香を取りにいく手も検討されたが、香1枚取るのに金をそっぽに使うようでは大損なのだ。

ところがツツカナは△3八金に対して角を逃げずに▲5七金とした。この手を見た検討陣は思わずのけぞったと言う。角金交換になれば△3八金とそっぽに金を使った損も帳消しになる。これはツツカナがミスをした、森下九段が大儲けをした、誰もがそう思ったのも無理はない。だが真実は別であった。

▲1七角には△1五銀が森下九段の用意していた手だ。この手は次に△2四歩と桂を取りにいく狙いと、△1六銀と角を取りにいく狙いがある。先手が▲5七金と飛車の横利きを通して3八金を取りに来れば、そこで△2九金と入るのだ。さらに▲6九飛と金を追いかけてきても、△1九金▲同飛△1六香で角と飛車を串刺しにできるというわけである。

森下九段はこの変化を読み、▲1七角とは逃げられないことを見越して△3八金と一見筋悪の手を指した。そしてツツカナもその変化を読んで▲5七金としたのである。悪手の応酬に見えた手順は、実は必然であり、最善手の応酬だったのだ。

夕食休憩再開時の森下九段。気合の乗った表情をしていたが、ツツカナの再開の一手を見て……

森下九段とツツカナの壮絶な読み合いが展開し、形勢は一進一退で夕食休憩に入る。そして休憩明けの2手が、この名勝負の明暗を分けた。

休憩再開時の一丸氏

夕食休憩再開を待つ森下九段と塚田九段

夕食休憩時の軽食は、カツサンド、天むす、いなり

習甦の竹内章氏とYSSの山下宏氏が記者控室で将棋ソフトを使って検討している