急戦と持久戦の分かれ道

序盤の最初のポイントが以下の局面だ。

図1(16手目△5二金まで)

矢倉戦法には大きく分けてふたつの戦い方がある。ひとつは「急戦」であり、ひとつは「持久戦」だ。早い段階で積極的に戦いを始めるのが急戦で、一気に終盤に入ることもありえる。すぐに激しい戦いになるという点だけでいえば、第3局の「横歩取り」に近いイメージであり、対コンピュータの戦略として有力と思われる。

ニコニコ生放送解説の行方尚史八段も、事前の噂として「森下九段は急戦策を狙っている」と聞いていたと言う。しかし、図の△5二金は持久戦志向の手だ。森下九段が本番で予定の作戦を変更したのだろうか。

「矢倉になって、先手の5手目が▲7七銀なら急戦の予定だったんです。練習ではツツカナが▲7七銀とやってくることも多かったので。しかし、当日の5手目は▲6六歩でしたので、その場合は当初から持久戦でじっくり戦うつもりでした」(森下九段)

5手目▲7七銀も矢倉の定跡の一手だが、中央(5筋)がやや薄くなるため、後手から見ると急戦が有力な作戦になる。そのため、現在のプロ同士の戦いでは5手目▲7七銀はあまり指されていない。5手目▲6六歩に対しては、急戦も指されていはいるが、どちらかといえば持久戦策を取るプロが多い。つまり森下九段は、初めから対コンピュータ用の特別な戦略ではなく、純粋に矢倉党としてベストと信じる作戦で戦うつもりだったことになる。

対局開始時の様子。盤側は左から安食総子女流初段(記録係)、片上大輔六段(将棋連盟理事)、塚田泰明九段(立会人)、貞升南女流初段(記録係)

コンピュータの思考から学ぶもの

図2(31手目▲1六歩まで)

森下九段が持久戦を選択してからは、しばらく平穏な定跡の駒組みが続く。しかし、図の▲1六歩を見て、解説の藤井九段、行方八段が揃って「え! ▲1六歩? これは!」と反応した。▲1六歩が悪手というわけではないのだが、このタイミングで突くプロ棋士はほとんどいない。あくまで感覚的な問題なのだが、プロ的には違和感のある手順なのだ。

一丸氏により後日公開されたツツカナの思考ログを見ると、29手目の▲7九玉までは全て考慮時間0秒で指されており、▲1六歩に初めて5分ほど時間を使っていた。つまり、この局面から定跡データを使うのをやめて、ツツカナが自力で考え始めたということだ。

藤井九段と行方八段は、もちろんそのことは知らずに解説していた。しかし、コンピュータが自力で考えて指した最初の一手を見て、すかさず反応したのである。この辺りの感覚は、プロ棋士ならではのものだ。そして、ふたりはツツカナの▲1六歩をさらに分析する。

ツツカナの▲1六歩を解説する藤井猛九段(右)と行方尚史八段(左)。ふたりの掛け合いは漫才並の面白さで爆笑の連続だったが、解説内容はさすがトッププロとうならせるものだった。中央は聞き手の山口恵梨子女流初段

行方八段:コンピュータは、端のほうが価値が高いと判断するんですね。

藤井九段:▲8八玉は確かに上がらないほうがいいこともある。端を攻められたときに▲8八銀と引いて受けるとか。だから▲1六歩のほうがこの局面では価値が高いと。

行方八段:ちょっと「なるほど」と思いますよね。

藤井九段:我々も見習わないといけないか。

実際には▲1六歩がプロの盲点になっていた好手だった、というわけではない。しかし、常識にとらわれず、目の前の局面を純粋に見て最善手を探すコンピュータの考え方が、ときにプロの気が付かない新しい手を探し出す可能性があることに、ふたりは素直に感心し、プロもそこから学ぶべきことがあるかもしれないと考えたのだろう。自力で考えてプロを驚かせたツツカナ。しかしこの後、矢倉定跡の前に苦戦に陥ることになる。

ツツカナ開発者の一丸貴則氏