2月に行われたソチ五輪は、数々の感動を我々にくれた。日本代表選手団は、冬季五輪史上歴代2位となる8個のメダルを獲得したが、その選手たちを陰で支えたのが「マルチサポート・ハウス」と呼ばれる支援拠点だ。「おもてなし」の精神にも通じるきめ細やかなサポートの内容をお伝えする。

マルチサポート事業ディレクター・河合季信さん(左)と同事業のマルチサポート・ハウスディレクター、トビアス・バイネルトさん

日本スポーツ振興センターが運営

日本代表選手団のベストパフォーマンスを引き出すための支援施設であるマルチサポート・ハウスは、文部科学省からの委託事業「マルチサポート事業」の一環として「日本スポーツ振興センター」が運営した。日本スポーツ振興センターは、スポーツの振興及び子供たちの健康の保持増進を図ることを目的とし、そのほかにも国立競技場等のスポーツ施設の管理・運営や日本の国際競技力の向上のためのスポーツ科学・医学・情報研究業務なども行っている。身近なところとしては、toto/BIGを販売し、その収益をスポーツ振興助成に役立てている。

五輪において初めてマルチサポート・ハウスを設置した2012年ロンドン五輪では、日本は過去最多となる38個のメダルを獲得した。今回のソチ五輪では冬季大会初の導入となったが、一体どのような配慮をしたのか。日本スポーツ振興センターのマルチサポート事業ディレクター・河合季信さんと同事業のマルチサポート・ハウスディレクター、トビアス・バイネルトさんに話を聞いた。

多方面からのサポートを提供

今回こだわったのは、選手に「ストレスを感じることなく、日本にいるときと同じような環境」を提供することだという。そのためにまず、マルチサポート・ハウスを2カ所設置することを決めた。雪上競技を行う会場と氷上競技を行う会場が約60kmも離れているため、1カ所に設置すると移動が不便なためだ。

雪上側と氷上側のどちらのマルチサポート・ハウスも、競技会場へのアクセスなどを考慮した上で最も良いホテルを確保。ホテルの一部を選手たちが過ごしやすい仕様に"改装"した。

「『Preparation Focus』をコンセプトとし、医師や看護師、トレーナーによる『メディカルケア』が受けられて、簡単なトレーニングができる『トレーニングルーム』があり、選手たちの栄養をサポートする『コンディショニングミール』『リカバリーボックス』が摂(と)れるなど、多方面からのサポートを行いました」(バイネルトさん)。

日本食を提供するコンディショニングミールやリカバリーボックスの提供は、海外の大会を転戦してからソチ入りした選手たちに特に好評だったという。

マルチサポート・ハウスで使用されたトレーニングマシーン

選手たちは気兼ねなくメディカルケアを受けられた

「冷めてもおいしいお米」の提供

河合さんは「おいしい日本食を提供できるよう、ソチで手に入らない日本食材を運ぶことに苦労しました。例えば、『おにぎりにした際に冷めてもおいしいお米』も日本から調達しましたし、ひじきや高野豆腐などの乾物(かんぶつ)、調味料なども空輸しましたね」と話す。

アスリートにとって食事がいかに重要なのかは言うまでもないが、大舞台であればあるほど、ふだん食べなれている物の方が安心できるだろう。できる限り、アットホームな食事を提供できるように努めたというわけだ。

また、雪上側のマルチサポート・ハウスには、疲労回復を図るための「リカバリープール」と、選手たちの悩み・不安などへのケアを行う「心理サポート」のサービスも提供した。これらの細かなサービスは、全日本スキー連盟や日本スケート連盟などの各競技団体からのヒアリングを経た上で、提供したという。

用具のメンテナンスもサポート

さらに、冬のマルチサポート・ハウスの特徴として、「用具整備サポートルーム」も用意した。「スキー板のワックスやスケート靴のブレードの調整などをすることが可能となりました」とバイネルトさんは話す。一流選手は、自身の用具にもこだわりを持つ。マルチサポート・ハウスに技術者が常駐していれば、練習中に選手が感じた体と用具の"微妙なずれ"をすぐに修正することも可能だったというわけだ。

用具整備サポートルームではスキー板やスケート靴のメンテナンスが行われた

「アウェー」を「ホーム」にするためのサポート

利用した選手やスタッフからの評価も高かった。スタッフたちは「日本と同じ環境で過ごせて、選手はリラックスできた」と話し、選手も「海外遠征に出ると立ちくらみなどが多くなるが、日本食のおかげでそのような状態にならずにすんだ」と感謝の言葉を述べていたという。

マルチサポート・ハウスに似たような施設は他の国にもあるようだが、これだけ総合的にきめ細やかなサポートを提供する施設は、日本のみではないかと河合さんは話す。

「周りに日本人のスタッフがいて、日本語で話せる人がいて、ふだんから各競技団体のサポートをしている人がいる。その方が選手も落ち着きますよね」(河合さん)。

「アウェー」の地を可能な限り「ホーム」にする―。ソチ五輪での日本選手団の躍進の裏には、日本スポーツ振興センターが手がけたマルチサポート事業によるマルチサポート・ハウスと、実際にハウス内で選手たちを支えたスタッフによる「陰のサポート」があったのだ。