カレーライス、オムライス、ハヤシライス。明治以来、日本には数々の洋食が根付いてきた。しかし、中にはある地方限定でのみメジャーな洋食がある。そんなローカル洋食の「北の雄」が根室の「エスカロップ」だ。

名前だけでなかなか想像できない、根室の「エスカロップ」とは?(写真は「どりあん」の「エスカロップ」)

カレーやオムライスと同じ存在

名前を聞いただけでは「ドリンク剤か?」と思ってしまうが、果たして一体どんな姿をしているのか。これは現地で調査せねばなるまい! まず、根室市観光協会のwebサイトで調べてみると、現在、エスカロップを提供している店は10店舗ほど存在するという。そして、サイトに記載された「根室でしか食べられない」のキャッチコピーに興味をかきたてられる。

「子供の頃からエスカロップは普通に食べていました。まさかこれが根室のローカル料理だとは、夢にも思っていませんでした」と言うのは、エスカロップの名店として知られる「ニューモンブラン」の佐野暢哉(のぶや)さんだ。

エスカロップはカレーやオムライスと全く同じ存在だったそう。佐野さんによれば、エスカロップは根室にかつてあった「モンブラン」という洋食店で昭和30年代初めに生まれた。モンブランは、当時としては極めてハイカラな洋食店だったそうで、その華やかさにふさわしいメニューを、東京新橋の洋食店で修業したコックが根室に持ち込んだことが始まりだそうだ。

バターライス・ソース・カツが押し寄せる!

モンブランが閉店することになって味を受け継いだのが、昭和40年(1965)にオープンした「ニューモンブラン」だという。まぁ、何よりも食べてみないと始まらない。注文して目の前に登場した「エスカロップ」(840円)のファーストインプレッションは、「要するにカツハヤシライスか」というものだった。

器はシルバーの金属皿。ライスの上にカツが乗り、その上をデミソース風のソースがこれでもかと乗っている。スプーンは?と見回すと、どうやらこれをフォークで食べるみたいだ。まずはプレーンな状態でライスをひと口。んん!? 妙に香ばしいと思ったらバターライスではないか。しかもタケノコ入りだ!

そのバターライスのコクにマッチするのが、実にマイルドなソース。味を例えるのは難しいけれど、ハヤシライスに近いデミグラス系統だ。カツのボリューム感が加わって、バターライス・ソース・カツのゴールデントライアングルが舌に出現した。妙に懐かしい、でも根室人以外にはとても新鮮な味わいだ。

「ニューモンブラン」の「エスカロップ」は840円

夢中になって食べているうちにあることに気がついた。フォークがお皿に触れるたびにカチャカチャと音がする。周りを見回すとエスカロップをオーダーした席の全てからそのカチャカチャ音が響き、店全体がカチャカチャ音に包まれていたのだ。

「みなさん食べるのが早いでしょ。1皿にいろんな栄養が詰まっている。だから忙しい漁師の人たちが好んで食べたことから定着したとも言われてるんです」と佐野さん。当時としてはオシャレだったと思えるエスカロップと漁師はなかなか結びつかないが、確かにそういう地域性もあるのだろう。

カツが薄切りだったのも、食べるスピードをアップするためなのかもしれない。ちなみにソースは牛骨やセロリ、ニンジンなどを煮込み、小麦粉を焼いて作るなど、昔ながらの洋食そのままの手間をかけている。何と完成するのに1週間から10日ほどかかるそうだ。コク満点の秘密はそこにあったか。

ところで、エスカロップってどういう意味なんですかと聞くと、「フランス語で薄切り肉のことをエスカロップというんですよ。トンカツのことをそう呼んだのがいつの間にか料理名になったようです」とほほ笑む佐野さんであった。

●information
食事と喫茶 ニューモンブラン
根室市光和町1-1

バターライスとタケノコは根室色に染まった証拠

エスカロップの歴史は大体分かった。でも、少し腑(ふ)に落ちない部分もある。それはなぜ、洋食なのにバターライスにタケノコが入ってるのか?ということだ。その辺の歴史に詳しいと聞き訪れたのは「どりあん」。ニューモンブランから独立した店で、ここも40年以上の歴史を誇る老舗だ。

「エスカロップはソースが命」と店主の小滝祥平さんが言うだけあり、牛骨や香味野菜を1週間煮込んだソースは創業以来継ぎ足しを続け、ウナギのタレを思わせるような深いコクがある。ここの「エスカロップ」も840円で、地元のおばちゃんがエスカロップ目がけて次々に入店する様子は、エスカロップの中毒性を実証している。

「どりあん」の「エスカロップ」も840円

小滝さんに、「どうしてエスカロップはタケノコご飯なのか」と質問をぶつけてみた。すると、「根室にローカライズされた進化の結果です」という答えが返って来たのだが、それは一体どういうことなのか?

小滝さんによれば、エスカロップのルーツは東京新橋の洋食店に求められる。しかし、東京の味をそのまま受け入れるほど、当時の根室市民は甘くはなかった。

「最初はマッシュルーム入りのケチャップライスだったのが、くどいという理由で白ご飯やバターライスに変えられたんですよ。そこでまずケチャップが脱落。次に昔の流通なので、マッシュルームがなかなか手に入らなかった。だから、代わりにタケノコを使うようになったそうです」。なるほど、そういうことだったのか。

●information
食事と喫茶 どりあん
根室市常盤町2-9

牛骨と豚骨のダブルスープに香るバター

これで、エスカロップの秘密は大体解明した。最後にもう1軒、エスカロップ巡りをしよう。喫茶店の「薔薇」は、創業42年の味を守るレトロな喫茶店。「エスカロップのこだわり? 大してないよ」と困った顔をするのは店主の中村和雄さんだ。とはいえここのエスカロップ(800円)もまた、説明は難しい味だけれど後を引く味わい。

「薔薇」の「エスカロップ」は800円

聞けば、牛骨に加えて豚骨も使っているという。この後引くおいしさは、豚骨のエキスが絶妙なアシストをしているのからなのだろう。こだわりは香り高い国産バターを使うこと。「バターが高くて困っちゃいますよ」と嘆く中村さんだが、「でもマーガリンを使うわけにもいかないからねぇ」って結構こだわってるじゃないですか!

●information
食事と喫茶 薔薇
根室市弥生町2丁目9番地

北海道よりレポートしたローカルフード「エスカロップ」。洋食好きなら一度は挑戦してみてほしい、こってりと美味なるご当地グルメである。

※記事中の情報は2014年2月取材時のもの