現在“データ”はビジネスからプライベートまで実にさまざまなシーンで活用されているが、電通ではこのデータをクリエイティブと結び付けた、まったく新しい観点からの広告事業に取り組んでいる。そこで、コミュニケーション・デザイン・センター クリエイティブ・ディレクター クリエイティブ・テクノロジストの菅野薫氏に、この領域におけるデータ活用について話を聞いた。

テクノロジーで新しい表現方法を見つけ出す“クリエイティブ・テクノロジスト”

株式会社電通
コミュニケーション・デザイン・センター
クリエイティブ・ディレクタークリエイティブ・テクノロジスト菅野薫氏

菅野氏は、電通で初の“クリエイティブ・テクノロジスト”という肩書きについて「新技術を開発するのではなく、今あるテクノロジーを使って新しい表現方法を見つけ出す仕事です。

皆さんがよく使うテクノロジーでも、見方を変えることで新しい表現手法が生まれます」と語る。まさに“クリエイティブ×テクノロジー”のスペシャリストというわけだ。それではさっそく、菅野氏がこれまでに手掛けた案件を見ていこう。


“データ”で共鳴を呼び起こすエモーショナルストーリー

まず代表例として挙げられるのは、1989年に鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリ予選において、アイルトン・セナが樹立した世界最速ラップ“1分38秒041”の走りを音と光で再現した「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」だ。

Sound of Honda / Ayrton Senna 1989
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この企画が生まれた背景には、本田技研工業(Honda)が提供する双方向通信型カーナビゲーションシステム「インターナビ」に紐付く人とクルマの豊かな関係創りに取り組むプロジェクト「dots by internavi」が関係している。

同プロジェクトのひとつに、実車の動きと連動してHondaが誇る名車のエンジン音を再生するiOS向けアプリ「Sound of Honda」があるが、Sound of Honda / Ayrton Senna 1989はこのアプリで生まれた技術をクリエイティブ領域に応用したものとなっている。

Sound of Honda / Ayrton Senna 1989は、1枚の紙からスタートした。これは、F1マシンの各種データをリアルタイムに収集する「テレメトリーシステム」から出力したものだが、残念ながら動作する当時のシステム自体は存在しない。

「テレメトリーシステム」から出力されたデータ

そこで、この1枚に記されたエンジン回転数や速度、スロットル開度などを基に、セナの走りをデジタルデータで復元。さらに、当時のマシン「McLaren Honda MP4/5」の実際のエンジン音をさまざまな回転数で収録し、走行データの数値に当てはめることで、最速ラップのエンジン音を再現したのである。

「Sound of Hondaは、もともとデータで“共鳴を呼び起こす”エモーショナルなストーリーが作れるか、というコンセプトから成り立っています。

データ活用は主に“人の役に立つ”ことを前提とした使い方が多いのですが、このプロジェクトでは“人の心を動かす”ことが中心なんです」と、菅野氏はコンセプトの違いを語る。

テクノロジーによる可視化でもっと楽しく・分かりやすく

また、スポーツとテクノロジーを融合したデータ活用も挙げられる。菅野氏は、フェンシングの銀メダリストである太田雄貴選手が、2020年東京夏季五輪招致の最終プレゼンテーションで使用した動画の制作にも協力しているのだ。この動画では、フェンシング特有といえる高速な剣先の動きを光の軌跡として視覚化。剣先がヒットした際には、光のエフェクトが飛び散る演出も用意している。

これはハイスピードカメラで撮影した実際の映像と、再帰性反射材が付いた剣先の動きをトラッキングした映像を、マッチムーブという技術で合成したもの。フェンシングでは「電気審判機」として、剣先の接触時に通電判定を行うメタルジャケット・マスク・籠手を着用するが、最後のエフェクトはこちらのデータを取り込んでいる。

「フェンシング自体はオリンピック競技として歴史が長く、種目名こそ誰でも知っているのですが、残念なことに競技人口が少なくて視聴率も低い状況です。

その理由のひとつとして、“動きが速すぎて見えない”、“なにがおこっているのかわからない”といった見え方の問題があると思います。それなら、テクノロジーの力でもっと分かりやすく、楽しめるように可視化しようというのが、このプロジェクトの目的です」と語る菅野氏。

テクノロジーで“人”の魅力や可能性を浮き彫りに

ここまでに紹介したSound of Honda / Ayrton Senna 1989とフェンシングのプレゼンテーション動画では、同じデータ活用でも観点が異なっている。前者は、まず主役としてHondaのテクノロジーがあり、アイルトン・セナという偉大な人物の残したデータを、ロマンティックな光の当て方でストーリーにするもの。

F1ファンには垂涎のデータでも、一般の人々からすればただのグラフにすぎない。それをテクノロジーで可視化することにより、さまざまな人々に感動を伝えるのである。 一方で後者については、一部で電気審判機のデータを使用しているものの、競技自体は基本的にアナクロな存在だ。ここに見せ方としてのテクノロジーを融合することで、主役となる競技者たちが輝きを増すのである。

プレゼンターとして出演した太田雄貴選手が映像にも出演

菅野氏は第60回「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」の「電通セミナー」で、テクノポップユニット「Perfume」をスペシャルゲストに迎えて最先端デジタル技術のプレゼンテーションを行ったが、こうしたアーティストとテクノロジーの組み合わせも後者に含まれる。

「これらは光の当て方こそ違いますが、テクノロジーによって“人”の魅力や新たな可能性が浮き彫りになるという意味では同じです。

それがクリエイティブ・テクノロジストとして一番面白味を感じる部分ですね」と語る菅野氏。クリエイティブ・テクノロジストは、テクノロジーという無機質な存在を、創造的なアプローチで有機的に変えていく、現代の錬金術師とも言えるだろう。 さらに「看板やバナーなどのいわゆる“広告らしい広告”は、確かにメジャーな形式のひとつです。

しかし本当の意味での“広告”とは、商品・サービス・人などの対象物について、別の角度から光を当てるとこんなに素敵に見えるよ、ということを発見して人々に伝える手段だと捉えています」と、自身が持つ広告観を語ってくれた。

データは、ストレートに考えると人の行動分析などマーケティング的な使い方が中心になり、実際に大半がそうした方向で活用されている。

しかし、電通ではクリエイティブの分野にデータを持ち込むという、従来と比べてかなり特殊な使い方を見出した。

その結果、既存の広告観にとらわれない新しい価値の創出に成功したのである。 常に多角的な視点で物事を捉え、斬新な切り口でアプローチしていく姿は、バイタリティあふれる電通という企業ならでは。次はどのような感動を与えてくれるのか楽しみだ。