グローバリズムが世界を席巻する現代、英語を公用語に採用する企業も増え、おのずと多言語異文化を意識せざるを得ない日常がやってきています。宇宙飛行士の場合、ひと昔前は米国のスペースシャトル、近頃はロシアのソユーズ宇宙船を使わなければならず、必然的に英語とロシア語に触れることになります。

国際宇宙ステーションに上がれば、ロシアや米国だけでなく、場合によってはカナダやESA(欧州宇宙機関)加盟国の人々ともまじわりがあり、共同作業、共同生活を送る。日本の任務で宇宙へと出ていきながらも、地球人としての自分を自覚せざるをえないのです。宇宙飛行士の古川聡さんは異文化交流を果たしながら、宇宙飛行士としての身の処し方を学んでいきました。

そのちいさな地球である宇宙ステーションに危機が訪れた際、古川さんは緊急避難船であるソユーズ宇宙船へと決死の避難を試みました。そのとき古川さんに去来したものとは、いったいなんだったのでしょうか。

文化習慣のちがいを理解して意思疎通を

古川さん:

古川聡(ふるかわさとし)さん。1964年、横浜生まれ。JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙飛行士。東京大学医学部医学科卒。1999年、宇宙飛行士選抜試験に合格。12年余りの訓練の後、2011年6月、ロシアのソユーズ宇宙船で宇宙へ飛び立ち、約5カ月半(167日)国際宇宙ステーション(ISS)に滞在。ソユーズ宇宙船ではフライトエンジニアとして船長を補佐し、国際宇宙ステーションでは医師としての経験を活かし様々な科学実験などを行った。著書に『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』(マイナビ新書/893円)など

私は人の輪に溶け込むのは抵抗のない性格です。宇宙ステーションは寮生活のようなものですから、特に社交的に苦になることはありませんでした。

ただ言語のちがいは考慮しないといけないですね。言葉も文化もちがう国々から集まっての共同生活ですから、なになにしたい、してほしくないという要求ははっきりさせないと相手に伝わりません。内容的にハッキリ伝えますが、伝え方には配慮があります。英語にも「もし可能なら(if it is possible.)」「訊いてみただけなんだけど(I'm just asking.)」など、控えめな表現があり、ワンクッション置いて直接的な言葉は避けますね。配慮の気持ちは日本人もロシア人も米国人も変わらないと思います。丁寧な表現になると日本語と同じで言葉が長くなる(笑)

慣習にも気をつけました。ロシアでは敷居をまたいで握手はしないということを教わりました。それから、握手をする際、男性から女性に手を出してはいけないようだということも知りました。女性の方から手を差し出した場合はよいのですが。外国人の場合は大目にみてもらえるようですけれども、本来は好ましいことではないようです。もっとも、英語圏では女性とも握手しないと失礼にあたりますし、ややこしいですね。ロシア圏の女性に対しては、先方から手を差し出してこないかぎりは握手をしないようにしていました。郷に入っては郷に従えと言います。よく観察してちがいを認めて尊重することが大切ですね。

個人の責任を問うのか、システムにまで原因を追及するのか

日本では個人の責任を追及します。これにはいい面と悪い面があり、たしかに個人がそれぞれの責任を重く考え信頼できる仕事にはつながりますが、過度に個人を責めることになりかねません。一方米国では、その個人のミスを生んだシステムにまで遡って原因を追及します。個人がミスを起こす状態にしたこと、あるいは重大な作業であるなら、確認する人をもう一人置くべきなのに、たった一人で作業させたこと自体に問題があると考えるからです。これはたいへん合理的な考えです。事故の原因究明もしやすく、次への教訓も得られやすいのではないでしょうか? 反面、個々人が自分の責任を軽く考えることにもつながりかねませんが、基本的には、科学的に物事を進めていく際にはそうした考えになっていくとよいのではないかと思っています。

宇宙ステーション最大の危機

映画『ゼロ・グラビティ』が最近話題になりましたが、現実にも、国際宇宙ステーションにデブリ(宇宙ゴミ)が接近して飛んできたことがあります。そのデブリは相対速度秒速13キロメートルで、最接近時には330メートル近くを通過していきました。万が一衝突して穴が開いていたらひとつのモジュールが真空になっていたかもしれません。私たちが避難していたソユーズに当たっていたら、もうだめだったと思います。また、もし中枢に当たった場合、ほかの部分が生きていたとしても、宇宙ステーション自体をあきらめなければならなかったでしょう。ソユーズ宇宙船を切り離して緊急帰還をしていたはずです。

通常は国際宇宙ステーションのエンジンを噴いて軌道を修正し、デブリを避けるのですが、直前まで接近を知り得なかったこのときは、通路を移動しながら居住モジュール間のハッチをすべて閉め、ソユーズに避難しました。1センチよりちいさいデブリでしたらバンパーで衝撃を和らげることができますけれども、10センチ以上のデブリは避けないと危険です。

ハッチを閉める作業は3人1組になり、ひとりが手順を読み上げ、ひとりが閉め、ひとりがダブルチェックで指差し確認という役割分担をしていきます。アメリカ、日本、ヨーロッパ、カナダ側に18枚、ロシア側に20枚程度の閉めるべきハッチがあり、これらを1時間以内に閉めなければならなかったので、正確かつ迅速な作業が求められました。中には閉まりにくいハッチもあったのですが、あわてず、淡々とやりました。あわてるとミスが起こりやすくなることはわかっていますし、「訓練のときは本番のつもりで、本番のときは訓練のつもりで」と教わっていますから、そのとおりにやりました。

残り20分弱で作業を完遂、避難を終えました。やるべきことはやったと、みな落ち着いていましたね。訓練の賜物で肚をくくることができたのだと思います。

今後の抱負

現在、我々の仲間である若田宇宙飛行士がISSに滞在しており、この3月からは日本人初のコマンダー(船長)として活躍します。宇宙飛行士はミッションによって多種多様な業務をこなしますが、今までの経験を活かし、また宇宙へ出張して仕事をしたいと思っています。