工学院大学 坂本哲夫教授

工学院大学は2月27日、PM2.5の1粒子まで分析可能な次世代顕微鏡「FIB-TOF-SIMS/SNMS質量顕微鏡」を開発したことを明らかにした。

同成果は、同大工学部・電機システム工学科の坂本哲夫 教授らによるもの。

PM2.5とは、2.5μm以下の粒子の総称であり、その大きさから、人体に入ると、アレルギー症状などを引き起こす有害物質として知られている。その発生源は人間が経済活動を行った際に排出される排ガスなどであり、基本的には自然界で生み出されるものではない。

従来の電子顕微鏡でも2.5μm以下の粒子を見ることはできたが、技術的に粒子1つ1つの成分を見分けることは難しかった。2014年2月末ころより、連日のように日本各地のPM2.5の濃度が上昇し、といった話題がニュースになっているが、現行の環境基準は質量濃度基準で35μg/m3とされており、PM2.5という総称全体の重さで決められて、判断されている。しかし、PM2.5には大きいが無害やそれに近いもの、小さくても有害なものなど、多岐に及んでおり、一緒くたに質量濃度を見て判断することは実はできないと坂本教授は語る。

今回の研究発表は、2004年からPM2.5を1つずつ分析することを目指して開発してきた次世代顕微鏡「FIB-TOF-SIMS/SNMS質量顕微鏡」が、実際にPM2.5の分析に対し、有効であることが確認されたことから行われた。

FIB-TOF-SIMS/SNMS質量顕微鏡は、その名が示すとおり、「FIB(Focused Ion Beam:集束イオンビーム)」、「TOF-SIMS(Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry:飛行時間型2次イオン質量分析法)」、「SIMS(Secondary Neutral Mass Spectrometry:2次中性粒子質量分析装置)」を組み合わせて高分解能を実現した顕微鏡。大きく2つの特徴があるという。

今回開発された「FIB-TOF-SIMS/SNMS質量顕微鏡」。その重さは約1.5tとのことで、およそ普通の顕微鏡のイメージからは大きくかけ離れている(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

1つ目は、粒子よりも細く絞ったイオンビームを粒子の表面に当てると、その衝撃により、衝突ポイントから粒子表面の原子や分子が飛び出すが、その質量を分析することで成分を知ることが可能だ。また、ポイントではなく、領域としてスキャンをすることで、元素ごとではなく、従来の原子顕微鏡に広しい、成分ではない画像と、成分だけを取り出した画像を取得することも可能となっている。

このイオンビームをどれだけ集束させるかがポイントで、今回はこうした分析機器では世界最高値となる40nmの分解能を実現した。FIBそのものは半導体分野などにも用いられ数nmレベルのビームも発することができるが、「PM2.5の成分分析を行うためには微小粒子をより多く発する必要があり、そうした意味で40nmクラスのビーム系がバランス良くPM2.5粒子1個をイメージングできるのではないかと仮定して研究を行ってきた」(同)とする。

粒子1つずつの成分を可視化することに成功した(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

もう1つの特徴が、粒子をビームで切断し、断面を調べることが可能な点。これにより、表面になにか別の物質が付着していた場合であっても、その粒子を形成する根幹部分まで調べることが可能となった。この削り出し時間は10分程度とのことで、分析時間としても比較的短時間で結果を得ることが可能だ。

ビームを試料に当て、粒子を切断することで、内部の成分まで可視化することを可能とした(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

実際に火力発電所で燃やした後の排ガスの中に含まれる粒子である1.7μmの「石炭フライアッシュ(石炭灰)」を用いて切断してみたところ、従来の電子顕微鏡では表面に黒いススがあるというレベルでしかわからなかったが、成分分析を実施した結果、マグネシウム、アルミニウム、カルシウムなどが粒子のどこに含まれているのかが確認できたという(従来の成分解析手法は、粒子を溶かす必要があったため、トータルの成分は分かるが、それが粒子のどこにあるのか、までは分からなかった)。

1.7μmの粒子を用いて従来分析法と比較した結果。一度に成分データを取得することができるため、高速かつ簡便にどこにどんな成分が存在しているのかが分かるようになった(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

さらに今回の研究では、国立環境研究所と共同で大陸から飛来する2種類のPM2.5の調査を行ったという。粒子取得は長崎県の福江島。国内ではあるが、ほぼ韓国・中国からのPM2.5を取得できる土地柄ということで、サンプラーを用いて、シリコンウェハ上に捕集したものを分析した。

中央部、黒い四角状の物体がシリコンウェハ。その中心の白い点がPM2.5

1つ目は「硫酸塩粒子」で、成分を調べたところ、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、カリウム、カルシウム、鉄の複合物であることが判明。粒子単体で見た場合、ガソリン由来の「フッ素」「炭素」が周辺部に付着しているほか、海水由来の「塩素」も化学反応で付着していることが判明した。そして、一番人体に影響を及ぼすであろう排ガス由来の「硝酸」「硫酸」も確認され、中でもより微細な粒子に硝酸や硫酸が多いことが判明。これにより、粒子1つずつ、組成成分が異なっていることが示されたこととなった。

実際に捕集されたPM2.5粒子を用いた成分別画像(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

そこで、さらなる研究として内部構造の調査も実施。その結果、硫酸含有粒子を調べたところ、1μm未満の粒子にて、炭素物質、しかも「スス(黒色炭素粒子:ブラックカーボン)」が存在していることが確認されたという。従来の観測結果から、そういった推測はあったものの、今回の研究で、それが実験的に実証された形となった。

このブラックカーボンの割合は九州方面で取得したPM2.5で高く、坂本教授は「おそらく中国では石炭を多く使うため、その影響が大きく出ているものと思われる」とする。

ちなみに、ススは健康によいものではない、という視点のほか、実は地球の気候変動、いわゆる温暖化にも大きな影響を与えることが知られている。一般的に言われる温暖化影響ガスとして最大のものはCO2で43%を占める。次いでメタンが27%で、その次がブラックカーボンで8%となる。メタンは人間の経済活動以外にも発生することを考えれば、人為的活動で発生する温暖化ガスの2番目がブラックカーボンとなる。特にブラックカーボンは、その黒さから熱を吸収しやすい、という特徴に加え、今回の観測結果でもそうであったが、周囲に硫酸塩を付着させていた場合、レンズ効果により、より多くの熱を吸収することが知られており、これにより従来考えられてきた以上に地球環境にPM2.5が影響を与えている可能性がでてきたとする。

「これまで、そういった可能性は理論的な話としてなされてきたが、今回の成果は、その物理的証拠となり、気候の予想モデルなどに影響を与える可能性もでてくる」(同)とする。

もう1つは黄砂で、日本には3月にかけて飛来してくるPM2.5よりも大きな粒子として知られる。黄砂そのものは人体に影響を与えることのない粘土物質だが、研究が進むんだ結果、表面に別の物質が付着し、それが人体に影響を与える可能性があると考えられるようになってきた。

元々無害の黄砂にPM2.5粒子などが付着し、それが日本に飛来することで越境汚染が生じる実態が示された(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

得られた黄砂を成分ごとに調べたところ、表面にオイルが付着していたほか、硫酸塩由来のPM2.5、そしてススが付着していることが確認されたという。この結果は、黄砂は裸の状態で砂漠から来ているのではなく、都市部の上空を通過する際、PM2.5の成分を付着させ、そのまま日本に飛来していることを示すもので、もし、これが事実であるとすれば、黄砂本体は有害ではないが、2次的に有害物質とみなせることが示されたとする。

ちなみに、PM2.5粒子というと、すべてが中国由来、というイメージを持つ人もいるが、それは間違いで、経済活動を行っている日本でも原理的には発生している。そのため、日本の国内で観測された際に、中国由来であるのか、はたまた日本由来であるのかを見分け、それぞれに応じた適切な対応を図っていく必要がある。すでに研究において、日本のPM2.5の特徴、中国のPM2.5の特徴といった成分の比率の違いなどが分かってきており、今後、詳細な研究を継続的に進めることで中国由来か日本由来かを区別できるようになることが見込まれるという。

中国由来のPM2.5粒子と日本由来のPM2.5粒子は成分的に異なっており、今後、研究が進むことで、より具体的な特徴などがわかるようになるという(提供:工学院大学 坂本哲夫教授)

また、詳細は成分分析が可能になったことから、今後、どういった成分がどういった仕組みで人体に影響を及ぼしていくのか、といった研究を加速させる可能性も出てきた。「PM2.5の正体が分からなければ、人体への作用の研究も進めづらい。今回の成果を活用することで、よりそうした研究が進むことが期待できる」と坂本教授はコメントしており、「最終的には医学系の研究者なども巻き込んで、PM2.5と人体への影響の関係性の詳細な調査などに進めたい」と今後の方針を述べている。

なお、今回開発された装置は、すでに民間企業であるトヤマに技術移転されており、研究機関などが必要に応じて購入することも可能だという。