K1では自動車組み込み向けの展開を特に強調

発表会では「モバイルプロセッサでスーパーコンピューティングを実現」というアピールが繰り返され、性能やアーキテクチャのアドバンテージが強調されたが、一方でまったく語られなかったのが通信機能だ。Tegraシリーズでは、「Tegra 4i」のみがLTEモデム機能を搭載しているが、それ以外のモデルでは外付けのモデムチップや通信モジュールが必要となっており、今回のTegra K1でもモデムの統合は見送られている。

今回のCESでもモバイル機器メーカー各社がスマートフォンを出展したが、LTE対応機種の多くはプロセッサとモデム機能が統合されているQualcommのSnapdragonシリーズを採用している。スマートフォン市場でのシェアを本気で獲得するためには今やLTE統合モデムが必須の機能となっているが、依然としてTegra K1でもこの問題は解決されないままになっている(これはスマートフォンでのAtom採用拡大をねらうIntelにも同じことが言える)。現行のTegra 4は、タブレットでこそマイクロソフトやASUS、東芝などに採用されているが、スマートフォンでは実質的に中国メーカーの国内向け機種での採用に留まっており、グローバル向けの製品には搭載例が見られないのが実情だ。

このため、Tegra K1でもタブレットでの採用が中心になると予想される(CESで展示された搭載製品の試作機はTegra Note 7の筐体をそのまま利用していた)が、このような厳しい競争環境の中、今回NVIDIAが特に強調したのが自動車組み込み向けの展開だ。同社では、Tegraに加えてメモリやストレージなどを1枚の基板に実装し、ボードコンピューターとして提供する「VCM(ビジュアル・コンピューティング・モジュール)」という形態を用意している。これは、ナビゲーションや車載エンタテインメントなど、自動車に求められるコンピューティング機能を自動車メーカーが簡単に搭載できるようにする取り組みだが、Tegra K1は最初からVCM形態での提供も視野に入れたプロセッサとなっている。

今回強調された車載分野。既に、カーナビやエンタテインメントシステムなどで従来のTegraシリーズを採用した自動車が450万台出荷されているという

車載用のスペックを満たしたボードコンピューターとして提供される「VCM」。Tegra K1は最初からVCM形態での提供も考慮されたチップとなっている

具体的な用途としては、歩行者の存在を検知したり、走行車線からの逸脱を警告したりと、カメラ映像を解析してドライバーの運転を支援する「ADAS(先進運転支援システム)」が最初に挙げられている。ADASは一部の高級車で導入が始まっている技術だが、専用のアーキテクチャを利用するとハードウェアもシステム開発費も高コストとなってしまう。画像処理能力に優れるとともに、サポートOSや開発環境も充実したTegra K1を用いることで、先進的な運転環境をより低コストで実現するのがTegra K1 VCMのねらいだ。

レーン逸脱の警告など、運転支援システムには高度なリアルタイム画像処理能力が要求される

また、自動車で取り扱う情報が高度化するにつれ、メーター、インジケーター類も複雑化しているが、より使いやすく美しい計器パネルを実現するため、Tegraのパワーを活かして計器パネル全体を1枚の画面としてデザインするコンセプトを紹介。同社が"Project Mercury"のコードネームで呼んでいる構想で、デジタル画像でありながら本物の計器盤や指針がそこにあるかのようなリアルで精緻な表示が可能。ドライバーの好みに合わせてカスタマイズできる。

"Project Mercury"と呼ばれるデジタルダッシュボードのデモ。メーター類の色や配置を自由にデザインでき、針の動きや文字盤の質感なども実物と同等を目指す

素材表面の質感まで表現可能なので、デジタルダッシュボードでも木や皮などを用いた内装を表現可能という

車載コンピューターであればモバイル機器に比べ部材の実装スペースには余裕があり、電源の心配がなく、クルマという商品自体に対する通信モジュールのコストも相対的に小さい。このような理由から、車載向けなら必ずしもモデム機能が統合されている必要は無い。今後車載情報システムにおいて画像処理性能への要求が高まることは確実であり、グラフィック描画のみならずCUDAを活用して汎用計算にも応用できるTegra K1のメリットを活かせる分野として、自動車市場を攻めるという戦略には合理性がある。

Audiはの一部車種でTegra VCMを採用した車載情報システムを既に商品化している

ジョグダイアルの天面がタッチパッドになっており、ダイヤルの回転による選択操作とタッチによるポインティング操作が可能

このVCMに搭載されているプロセッサはTegra 2相当ということだが、ストリートビューなどもスムーズに表示された

GPUコンピューティングのメリットを活かせるかが鍵に

ここ1~2年の間で、ARM版のWindowsが登場したかと思えば、Intelプロセッサが動作するAndroidデバイスが発売されるなど、PCとモバイル機器の間に立ちはだかっていたアーキテクチャの壁は次々に取り払われていった。Tegra K1は、グラフィックスの世界でもこの壁を崩そうとするもので、特にゲームベンダーにはターゲットユーザーを大きく拡大できるというメリットを比較的早期にもたらすものになるだろう。また中長期的には、GPUで処理できるタスクはできるだけGPUに任せ、システム全体としてCPU・GPUそれぞれのリソースをバランス良く使用していく考え方は、電力消費の増大を避けながら高い性能を得るため今後不可欠だ。NVIDIAはGPUコンピューティングの旗手でもあり、Tegra K1のリリースによりようやくモバイルの分野でも強みを発揮できる条件が整う形だ。

とはいえ、PCとモバイル機器とではメモリ容量やバス帯域などに大きな差があるのは確かで、PC向けのゲームがすべて簡単に移植できるわけではない。また、GPUアクセラレーションは科学技術計算やクリエイションツール等では活用されるようになったものの、一般コンシューマーがその恩恵にあずかるには、よりGPUが積極的に使われるようソフトウェアの最適化が進む必要がある。今回繰り返しアピールされた車載向けも、クルマにTegra K1がマッチしているというメッセージはよく理解できたが、具体的な成果物が得られるのはまだ少し先の話になりそうだ。

これまでTegraシリーズはその特徴としてパフォーマンスや電力効率をアピールすることが多かったが、それらはあらゆる競合製品がそろって主張するポイントであり、十分な差別化が行えているとは言いがたかった。しかし、Keplerアーキテクチャを採用したTegra K1の製品化により、NVIDIAのモバイルプロセッサには他とは違うメリットがあることを訴求する準備が整った。あとは、いかに早く搭載製品を市場に送り出せるか、そしてGPUコンピューティングのメリットを活かしたアプリケーションが生まれてくるような環境を整えられるかだ。チップの供給体制はもちろんだが、それに加えてハードウェア、ソフトウェアのベンダーらへの支援の充実度合いが今後の成否を大きく左右することになるだろう。