プロ野球選手のセカンドキャリアについて語る木田優夫選手

プロ野球選手。多くのファンから羨(せん)望のまなざしを向けられる彼らも、いつかは必ず引退する。そのとき、第二の人生をどのように歩むのかはあまり知られてない。苦悩に満ちた、彼らの知られざる物語をメジャーでも活躍した木田優夫選手が語った。

引退後にやりたいことがないプロ野球選手

12月5~7日に東京ビッグサイトで開催されていた展示会「SPORTEC2013」で、スポーツ選手のキャリアプランについて講演した木田選手。1986年にドラフト1位指名で投手として読売巨人軍に入団すると、4年目に2桁勝利を挙げて本格的に頭角を現し、97年まで巨人で活躍。98年にオリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)に移籍した後、99年にはフリーエージェント権を行使してメジャーリーグに挑戦。デトロイト・タイガースなど3球団を渡り歩いた後、2006年に日本球界へ本格復帰した。2012年にプロ野球界を去り、2013年は独立リーグの石川ミリオンスターズでプレー。46歳となる来年も、現役を続行することが決定している。

アルバイトをかけもちしながらプレーする選手が多い独立リーグから、ベースボールの頂点とも言われるメジャーリーグまで経験した木田選手。20年以上のキャリアを積むうちに、何人もの友人や同僚がユニフォームを脱ぐのを目の当たりにしてきた。

日本球界で輝かしい実績を残した選手ならば、引退後は監督・コーチとしてそのまま球団に在籍したり、評論家やタレントとしてメディアに登場したりできる。それがかなわなくても、運が良ければ打撃投手やスコアラー、スカウトといった形などでどこかの球団に雇ってもらう道もある。だが、そうやって野球に携われることができる選手はほんの一握りにすぎない。大半の選手は、野球とは全く関係のない道を選ばざるをえない。

木田選手がそういう境遇に置かれた選手に今後についてたずねると、「何もやることがない。特にやりたいこともない」という反応が本当に多いという。だが、アメリカは違う。

考える力が養えるアメリカ

「アメリカはどうかといったら、野球を終えても大学に行って勉強しなおして、お医者さんになったりする選手もいる。何が一番違うかというと、時間ではないでしょうか」

日本では、若手選手や実績のない選手は10月にシーズンを終えると、すぐさま宮崎でフェニックスリーグと呼ばれるリーグ戦に参加。それが終わると秋季キャンプに突入。11月中旬まで、早朝から夕方までハードな練習をこなす。オフらしいオフといえば、12月の1か月間だけだ。一方のアメリカはどうか。

「メジャーリーガーはシーズンが終わったら、選手たちはそのまま自宅のある他の州へと帰ってしまう。次に会うのは2月。その間はいろいろと自分の時間が使える。マイナーリーガーは9月いっぱいでシーズンが終わるので、もっと自分の時間がある」。特にマイナーリーガーは生活が苦しいため、アルバイトで社会経験を積んだり、将来のために勉強をしたりする選手が多いという。さらに木田選手は続ける。

「日本の選手は(練習施設が併設されている球団の選手)寮に行ったら野球の練習ができる。でも、アメリカの場合では地元に戻ったらトレーニングする場所を自分で探さないといけない。そして、その練習するメニューも自分で考えないといけない」

どこで練習をするか。どれだけ練習をするか。短所を補う、あるいは長所を伸ばせる練習は何か。アメリカの選手はこれらを自ら考える。木田選手はこの「考える力」こそが、日米の野球選手における最大の違いであり、これがないからこそ、日本のプロ野球選手は第二の人生を歩むときに苦戦しがちだと指摘する。

真剣に話を聞く聴講者たち

40過ぎに何をやりたいかイメージしろ

「日本のプロ野球選手のほとんどは、監督やコーチに言われた練習を黙々とやっていれば一軍に行ける」と木田選手が話すように、日本の選手は監督・コーチに言われた練習を熱心にこなす。反面、そのメニュー量が多いために、ほかの練習をこなす時間の確保が難しい。体のケアもしなければいけない。結果として、自発的に何かをしようとする機会が少なくなり、考える力も養いづらくなる。

そして、考える力の欠如は、これまでに野球しかしてこなかった選手たちが引退して社会と向き合わざるをえなくなったときに、ツケとして回ってくる。「何をしたらいいのか」「どうしたらいいのか」―。引退時に高齢であればあるほど、その負担は彼らに重くのしかかってくる。木田選手は目標を見いだせない引退選手の受け皿として、自ら居酒屋を経営し、実際に何人か雇ったこともあるという。

「考える力がないと(引退後に)実社会に入って(社員として)使えるかどうか。考える力が付いてきたら、万が一それで一軍に行けなかったとしても、次の自分の仕事に対して何が必要なのか、何をしないといけないのか理解できるようになる」。最近ではそういう考えを持ちながら、生活を送ったり練習したりしないといけないと、周囲の選手に言い聞かせるようになったという。

とはいえ、選手は朝から晩まで野球漬けになりがち。特に木田選手が今所属する独立リーグには、アルバイトを掛け持ちするような選手も多い。野球に専念できるプロ野球選手以上に、その毎日は多忙をきわめる。そんな選手たちに対して、木田選手はこうアドバイスをするという。

「引退後にやりたいことは何なのか、寝る前に10分でもいいから考えろ。プロ野球選手になって、スーパースターになっても40歳になったら(現役を)やめる。40歳を過ぎて何をやりたいかイメージしろよ。そのイメージが出てきたら、何をしないといけないのか、何を勉強しないといけないかわかる。まずはそこからだよ」

身振り手振りをまじえて熱弁をふるう

第二の人生に何をすべきか

木田選手の言葉は、プロ野球選手のみならず、普通の人々にもあてはまるのではないだろうか。勤め人も、定年になったらセカンドキャリアならぬセカンドライフに直面することになる。これまで経験してきた人生とはガラリと異なる世界を生きなければならない。「定年うつ病」という言葉が示すように、仕事一筋で頑張ってきた人間が、退職を機に糸の切れた操り人形になってしまうというケースもある。

張りのある余生を過ごすためにはどうしたらよいか。仕事を辞めたときに、その先に何を見据えているべきなのか。引退後にやりたいことは何なのか、寝る前に10分でもいいから考えろ―。70歳を過ぎてからおもちゃ屋の店主になるという目標を持ち、来年からは選手兼ゼネラルマネージャーとして、ミリオンスターズ改革にまい進するであろうベテラン右腕の言葉に思いをはせた。