自然に囲まれたボート乗り場。平日休日問わず、いつも多くの人でにぎわっている

恋愛や恋人同士にまつわるジンクスや噂話というのは、どの地方にもあるものだ。名古屋で最も有名な噂に「東山動植物園の上池のボート」がある。このボートにカップルで乗ると別れるという噂話は、名古屋っ子ならば知らない人はいないほど有名。もはや都市伝説と化しているのだ。

母を亡くした娘に届けられた「忘れ水」

一方で、この噂には元ネタがある。少々昔話なノリになるが説明しよう。それは「上池の忘れ水の伝説」という伝説。その昔、上池には大きな善良な竜が住んでいて、日照りに村人が苦しんでいる時に天に昇り雨を降らせてくれた。そのため、村の人は池の脇に小さな社を建て、竜に感謝の意を表していたという。

ある日のこと、ひとりの娘が母親の病気平癒を祈りその社に百日詣でをしたが、願いも虚(むな)しく母親は死んでしまった。娘の悲しみを見かねた竜は再び天に昇り、霊水を手に入れてきた。その霊水とは「忘れ水」。人間が飲むと、あるとあらゆる悲しみを忘れる効果があるという。龍はその霊水を娘に与え、娘は母を亡くした悲哀をやがて忘れていくことができたという。

土地に伝わってきたそんな「親子のつらい別れを緩和する忘れ水のストーリー」が、いつからか「人が別れる」「縁が切れる」ことそのものに省略化、転化していったというのが定説らしい。またこの場所「上池」を縁切りの場とする風習があったことも、噂の成立に影響したようだ。

噂を逆手に取った「ラブチャレンジ号」

それにしても、現実世界では実際どうなのだろう。のどかな東山動植物園の上池のボート関係者はこの噂をどのように捉えているのだろうか。いきなり取材を受ける当事者も困惑するだろうと思いつつも、東山動植物園のスタッフに直接取材を試みた。

「ボート池のカップルの噂は、確かによく聞きますよね」と話してくれたのは東山動植物園の鶴見尚人(ひさと)さん。「でも動植物園サイドとしては、それがどうこう言える立場にありませんし、伝説の実態の把握や検証もしていないのです」と困った顔だ。

そりゃそうだ。都市伝説になった噂の実態の把握なんてできるわけがない。「それでいて、昔も今もこのエリアにカップルの姿はよくお見かけするんですよ」と柔らかな口調で答えてくださった。

「東山ボート」の乗り場に近づくと、ひときわ目を引くピンクのボートとフラッグが!?

ところで、実はこのボート、東山動植物園が直接管理している訳ではないことが判明。運営しているのは「東山ボート」という別の会社らしい。ということで、次は「東山ボート」へと取材に向かった。

ユニークなのは、この「東山ボート」では2007年から「ラブチャレンジ号」という特別ボートを登場させている点。これが一体どんなボートかというと、例の噂を逆手に取って「恋人同士の相性診断ができるボートなんです!」と東山ボート管理事務所のIさんは笑顔で答えてくれた。

名古屋っ子なら知らぬものはないほど広まってしまった「縁が切れる」ボートの噂を完全払拭すべく、ここでは逆手をとった戦略を実施しているのだ。つまり「無理やりカップルに乗ってもらって、その絆の強さを証明させるボート」なのである!!

「僕たちは別れません!」

このラブチャレンジ号。遠目にも「これだな」とはっきり分かるショッキングピンクの色合い。すぐ近くには、のぼりが立ち、そこにもしっかりと「僕たちは別れません!」と縦書きで書かれてあるのがキュートだ。船体は強烈ピンク一色。デザインにもハートがあしらわれ、船体の胴部分には「僕たちは別れません!」と念押しのようにペイントされている。

この噂を逆手にとった戦略で、これまでに名古屋市内の有名百貨店のバレンタインイベントとコラボレーションを実施するなどの積極的なPRを重ねた効果もあり、何と今までに1,710カップル以上が乗船したという(2013年9月中旬現在)。

これが「ラブチャレンジ号」。名古屋市内の百貨店とのコラボなどで、様々な広報戦略も実施してきた

つまりこのボートにあえて乗るのは、カップルの本気度試し、度胸試しといっていい。噂を気にしないカップルには強い絆があるってことだ。乗船したカップルには小さなカード型の「乗船記念証」までプレゼントされるという細やかさ。「噂に負けない強い絆で、是非ともしっかりと結ばれてください」。Iさんは語気を強めてポジティブに言い切った。

東山動植物園そのものの入場料とは別になるので、そこはご注意を!

相思相愛のカップルたちよ! 勇気ある者は、土地の伝説をものともせず、是非とも挑戦してみてほしい。手漕ぎボートは一艘、1時間600円とのことだ。

石黒昭弘/名古屋を中心に中部圏のカルチャーを発信し続けるライター