多彩な競合相手を押しのけて、見事優勝を勝ち取った焼そばとは?

岡山県真庭市蒜山地方。この地名を聞いて、すぐに特定の観光名所が頭を過ぎるようなメジャーな旅行スポットではない。中国地方の一山間地である。この場所がひときわ有名になったのは2011年の第6回B-1グランプリで、ご当地グルメ「ひるぜん焼そば」が脚光を浴び、優勝に輝いたからだ。

ご当地グルメで、しかも焼きそばと言えば、「富士宮焼そば」「横手焼そば」など百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の激戦区。その中で見事トップを取った「ひるぜん焼そば」とは、いかなるものなのだろう?

味噌ダレはジンギスカン譲り

「ひるぜん焼そば」の特徴、それは何といってもタレだ。濃厚で複雑な味わいの味噌ダレが、他のソースベースの焼そばと決定的に違っている。「蒜山高原はジンギスカンが名物なんですよ。そのタレが焼そばにも使われているのです」。そう教えてくれたのは「粋呑房(すいとんぼう)」店主の湯槇将文さん。

「粋呑房」の「ひるぜん焼そば」は630円

しかしそれ以前から、ここ韮山では各家庭で味噌ダレを手作りしており、様々な料理の調味料として使われていたというのだ。蒜山高原で育った羊肉やキャベツ、玉ネギなどをその味噌ダレで炒め、ジンギスカンにして食べていたのだという。

「ひるぜん焼そば」はそのご当地料理の沿線上にある一品なのだ。また、この地域には「ひるぜん焼そば」の元祖といっていい店が一店あり、それは昭和30年代に創業した「ますや食堂」(現在は閉店)だと言われている。

広大な蒜山高原のキャベツ畑。新鮮で甘い上等なキャベツが多く産出する

「ということは、昔からジンギスカンのシメに、焼そばを作ってたんですか?」と少しつっこんで聞いてみると、「いや。ジンギスカンの鍋は盛り上がってるから、同じ鍋で焼そばは作れませんよ」 とお答え。確かにその通りだ。「それに、蒜山地方のジンギスカンのタレは辛い。だから、焼きそば用には少し甘みを加えて調整していますよ」。

必須ルールはキャベツと鶏肉

「粋呑房」の「ひるぜん焼そば」は630円。食べてみるとインパクトある味噌の味に驚く。でも、これはただの味噌味ではない。甘辛く、いろいろな素材が交じり合った濃厚なる味わいだ。田舎っぽさが残る味噌の風味は、蒜山高原ならではの素朴な手料理を彷彿(ほうふつ)とさせる。具材は鶏肉とキャベツ。この2アイテムを使うことが、「ひるぜん焼そば」のルールだという。

「B-1で優勝したのは、やっぱり“味噌味の焼そば”が他とは異なり目を引いたからじゃないでしょうか。そして具材に鶏肉を使うのも珍しいと思いますね」。そう湯槇さんは冷静に分析し、静かな自信を見せた。

●infomation
粋呑房(すいとんぼう)
岡山県真庭市蒜山上長田2300-1

家庭的な味わいを今も伝える

次に向かったのは、創業30年ほどになる老舗店「やまな食堂」だ。この店の焼そばは550円とリーズナブル。味わいも店の雰囲気も、昔懐かしい家庭的なテイストで統一されている。

店主の山名百合子さんは、「保育園の子供からお年寄りまで、誰もが幸せな気分で食べられるクセのない味にしているんです」とほほ笑む。開店から20年ほど独自の工夫でやってきたが、10年ほど前に婦人会で作った焼そばのレシピが出てきて、今はそれを参考にした味つけで作っているのだという。

山名さんは、「小学生の時にね、兄が焼そばを2人前買ってきてくれたんです。大勢の兄弟で分けて食べたんですが、ああいう時代の焼そばのおいしさ、今でも忘れられないんですよね」と語ってくれた。家族で分け合って食べた、柔らかい、家庭的な焼そばの味わい。それを今も継承して出し続けているのが「やまな食堂」なのだ。

創業30年ほどになる老舗の「やまな食堂」。「焼そば」はこのボリュームで550円

●infomation
やまな食堂
岡山県真庭市蒜山上長田2050-2

ルーツとなった「かしわ焼き」を提供

最後に訪れたのは、焼肉店「いち福」だ。この「いち福」は蒜山高原では知らない人はないという「ひるぜん焼そば」の元祖店「ますや食堂」の調理法をしっかり継承してきた名店だという。「焼そば」は600円。田舎味噌の風味が程よくマッチした一品だ。

「いち福」の「焼そば」は600円。田舎味噌の味わいが深く、おいしい

ここで店主の樋口さんが思わぬ情報を教えてくれた。「キャベツを焼くとね、出てくる甘い汁があるでしょう。これが味噌ダレとかしわ(鶏肉)に良く合うんですよ。だから元祖店だった「ますや食堂」さんでは、いつも『かしわ焼き』でご飯を食べてたんです」。

「かしわ焼き」とは何か? それは鶏肉とキャベツなどの野菜を味噌ダレで炒めたメニューである。確かにベースは焼そばと同じなのだ。簡単に言うと「ひるぜん焼そばの麺抜き」といっていい。不意に魅惑的な新メニューを紹介された筆者、この店で元祖直伝の「かしわ焼き」(600円)を食べさせてもらった。

「いち福」の店主に教えてもらった「かしわ焼き」600円。一押しの絶品であった!

結論をいえば、お世辞ではなく本音で、想像を絶するほどうまい! 樋口さんの言う通り、キャベツの甘さと田舎味噌のコク、そして鶏肉のコンビネーションが抜群なのである。キャベツのしんなり感も口になじむ一品。ご飯のおかずやお酒のおつまみとして、是非試していただきたいメニューである。

●infomation
いち福
岡山県真庭市蒜山中福田207-5

最後の一品は焼そばから少し離れてしまったが、並み居る全国各地の競合相手を押しのけ、B-1グランプリで見事に優勝のトロフィーを勝ち取った、蒜山高原の「ひるぜん焼そば」。機会があれば是非口にしてみてほしい、岡山の誇るご当地グルメである。