「夏は最も視聴率が取れない魔の季節」という業界の常識を吹き飛ばし、記録的なドラマブームを作った今クール。『あまちゃん』が着火したドラマ熱に乗って、初回視聴率15%強の作品が半数を超え、なかでも『半沢直樹』は全話平均28.7%、最終回42.2%の驚異的な記録を残し、今世紀最高視聴率である『家政婦のミタ』(40.0%)超えを果たした。

ドラマ『半沢直樹』で主演を務めた堺雅人

なぜ『半沢直樹』は、今世紀最大のヒット作になったのか? 「視聴率や俳優の人気は一切無視!!」の連ドラ評論家・木村隆志が分析する。

今クールは、前回コラム「夏ドラマ全作品を初回視聴&ガチ採点!」で書いたように、こだわりのキャスティングや、「正義vs悪の真っ向バトル」を描いた作品が目立ったが、なかでも狙いが全てハマったのが『半沢直樹』。大ヒットには、5つの理由があった。

【ヒットの理由1 鮮度とエンタメ性】
“民放連ドラ初”の池井戸潤原作であり、「年に1本あるかどうか」のビジネス界を真っ向から描いた骨太作品で、視聴者に「これは他のドラマと違うぞ」という新鮮な印象を与えた。さらに視聴者の目を釘づけにしたのは、勧善懲悪を追求した演出。年代性別を問わず理解できる対立の図式や、半沢の大胆さ&躍動感を表現したカメラワークなど、リアリティよりもエンタメ性を重視した作品に仕上げた。

【ヒットの理由2 舞台系+意外な適役キャスティング】
堺雅人、香川照之に加え、石丸幹二や吉田鋼太郎ら演劇界の大スターを引っ張り出して、舞台役者らしい押しの強い演技を披露させた。さらに、統合失調症での休職歴がある同期の滝藤賢一、オネエ金融庁検査官の片岡愛之助、机バンバン小悪党上司の緋田康人、チンピラ風社長の宇梶剛士、愛人役の壇蜜など、演技力以上に適役重視で抜てき。事務所やスポンサーの力など制作側の都合ではなく、“作品と視聴者の利益重視を貫いた”ことが功を奏した。

【ヒットの理由3 “連続ドラマ”への回帰】
ここ数年、刑事モノなどの事件解決ドラマが半数を占めるようになり、他ジャンルの作品も安定した視聴率を取れることから、一話完結型の作品が増えた。ただそれらは、「いつでも気軽に見られる反面、数話見逃しても平気」なもので、愛着はそれほど持てない。一方、『半沢直樹』は、「続きが気になる」「リアルタイムで見たい」「翌日、職場や学校で話したい」という衝動を呼ぶ“連続ドラマ”らしい作品。一話完結型に飽きていた視聴者の支持を獲得した。

【ヒットの理由4 日曜21時枠の底力と親和性】
日曜21時は、「明日の仕事に備えて寝る前に」「遊びから帰ってきて」など、老若男女がそろってテレビを見る時間帯。さらに、55年超の歴史を持つTBS伝統枠で、ここ2年でも『JIN-仁』『南極大陸』『ATARU』『とんび』とヒットを連発している。特に他枠よりサラリーマンの視聴者層が多いとされ、半沢の姿を見て「明日から頑張ろう」と元気に、あるいは「ありえない」とツッコミを入れて楽しむ人が続出。また、ビジネス作品でもエンタメ性を高めることで、ふだんドラマの視聴率を支えている女性の心もガッチリつかんだ。

【ヒットの理由5 緻密な“クチコミ連鎖”戦略】
原作とは大きく異なる“人名タイトル”でインパクトを与え、「やられたら、やり返す。倍返しだ」のキャッチーな決めゼリフで、大量の口コミを獲得。決めセリフを「10倍返し」「100倍返し」と進化させるなどの二の矢もぬかりなし。さらに、悪役に一切の良心を持たせない、視聴後に誰かと話したくなるラストシーンなど、SNSが加速度的に盛り上がる工夫を重ねた。初回から一度も視聴率が下がらず完走したのは、「パソコンやスマホの画面を通して一緒に盛り上がりたい」というライブ感によるところも大きく、今後のドラマ作りに影響を及ぼしそう。

「100倍返し達成後の左遷」という結末に否定的な声も多いが、これは海外ドラマで定番の“クリフハンガー”という手法。視聴者の興味を引きつけたまま、その先をあれこれ想像させるもので、続編が内定している作品はこの手法が取られる。まだスタッフやキャストの確保ができていないため、「やります」とは言い切れないだけで、シリーズ化は確定だろう。

木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ評論家、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。