2013年7月2日の東京・お台場の交差点近く。日暮れ前から始まった作業は日付が変わるころにクライマックスを迎えた。平日の深夜とはいえ、まだ人通りが途絶えることはなく、車の交通量も多い。そんな中、作業服姿の200人に見守られ、長さ約50m、幅約15m、重さ約300トンもの巨大構造物が、まるで豪華客船のように優雅に通り過ぎていく。付近は百数十mにわたって立ち入りを規制されているが、禁止区域外の通行人ですら何事かと立ち止まって見上げている。果たして、何が起きているのか?

深夜に道路を移動する巨大な物体(複数枚の画像を合成しています)

巨大構造物の正体

この巨大構造物が現れたのは数カ月も前のこと。りんかい線・東京テレポート駅の前にある駐車場で、いつの間にか造られ始めていた。通勤でこの駅を利用するたびに、筆者はここを立体駐車場にするのかと思っていた。しかし、建設が進むにつれてそれが間違いであるとわかってきた。見上げれば、上の方には何やらおしゃれな柵や屋根が取り付けられている。実はこの物体、駐車場からほんの数十mほどの距離にある「お台場中央交差点」に設置する歩道橋だったのだ。

駐車場で準備中の歩道橋

歩道橋の上の柵と屋根

お台場中央交差点への歩道橋設置

お台場中央交差点は、お台場の観光名所であるダイバーシティ東京プラザやフジテレビに隣接し、観光客だけでなく周囲のオフィスや商業施設の従業員も利用する。この数年で利用者が急増したうえに、もともと道路の構造上、交差点が広いにもかかわらず歩道や横断歩道が狭い。また、交差する道路の一方は港に繋がっており、大型トラックやコンテナを積載したトレーラーといった大型車両も頻繁に通る。歩行者と通行車両の利便性と安全性を高めるために、近くを通る首都高速湾岸線をまたぐような形で「メガネ型」と呼ばれる大きな歩道橋が設置されることになったのだ。

歩道橋の完成イメージ(右が北)(資料提供:川崎国道事務所)

赤い矢印のように移動する(資料提供:川崎国道事務所)

入念な準備

そのための歩道橋を7つのパーツに分けて近くの駅前駐車場で造っていたわけだ。両端がどこにもつながらない歩道橋のパーツが駐車場にある光景は、日本科学未来館のスタッフの間でも話題になるほど奇妙だった。そもそも、なぜ離れた場所で歩道橋を建造する必要があるのか。交差点内で歩道橋を組み立てようとしたら、長期間の通行規制が必要となる。しかし、この交差点は前述のように利用者や通行車両が非常に多いために影響は甚大だ。ましてや、歩道橋がまたぐことになる首都高速湾岸線を長期間にわたって規制すれば、近隣道路の大渋滞を招くだけでなく、都心への物流にも影響が出かねない。そのような影響をできるだけ少なくするために、あらかじめ造ったものを現地に運んで設置するという今回の工法が採用された。駐車場内で屋根や柵などを取り付けるのも、交差点内に設置した後に改めて道路を規制しなくてもすむようにするためである。

1台で200トンに耐える多軸台車

駐車場から交差点まで歩道橋のパーツを運ぶのは2台の「多軸台車」と呼ばれる特殊な車両だ。移動工事の取材を申し込んだところ、当日の日中に現場で多軸台車を見る機会を得た。

多軸台車の説明をして下さった国土交通省関東地方整備局川崎国道事務所の西尾文宏さんとお台場中央連絡橋JV工事事務所の小堀義隆さん(左)(右は未来館スタッフ)

現場には、すでに歩道橋のパーツを載せて準備している多軸台車があった。両端には今回の工事のために、仮の橋桁がつけられている。その部分の重量を除くと約270トンである。ちなみに、歩道橋上部の屋根や暴風柵の総重量は約40トンとのこと。駐車場から車道に出るまでは、これを2台の多軸台車が支えながら移動する。

2台の多軸台車に載せられて出番を待つ歩道橋(複数枚の画像を合成しています)

それぞれの多軸台車は、2つのユニットから構成されており、ひとつのユニットで約200トンの重量に耐えられるという。4ユニットで耐えられるのは合計約800トンだから、積載能力は十分だ。機種によって異なるそうだが、4~5軸のタイヤがあり、2本で1組となる。多軸台車の制御は複数台をまとめて行うことができ、人間1人で操作できる。すべてのタイヤは個別に向きや高さを変えられるようになっていて、狭い場所での方向転換や、荒れた路面にも対応できるようになっている。

多軸台車のタイヤ

いよいよ本番!

20時過ぎに改めて現場に近づくと、すでに交通規制が始まっていた。移動する歩道橋と接触しそうな信号機の向きを変えたり、道路に鉄板を敷いたりなどの準備が進められている。受付でヘルメットを受け取り、他の見学者や報道陣とともに、工事の概要や見学・取材の際の注意事項を聞く。その後、見学場所に案内されたときには、歩道橋がすでに車道へ出てきていた。歩道橋が車道へ完全に出ると、両端に別の多軸台車が取り付けられ、合計で4台の多軸台車で交差点まで移動する。

交通規制中の一般道路

工事の概要説明

車道へ出始めた歩道橋

移動開始を待つ担当者

信号機とわずか数十cmの距離ですり抜ける

制御と監視体制

多軸台車の制御は多軸台車の前にいる1人の作業員が担当するが、それぞれの多軸台車の動作状況は無線で監視室に送られる。制御装置を持つ作業員の近くにいると、トランシーバーから指示や連絡の飛び交う声が聞こえた。載せている歩道橋の位置や傾きは、歩道橋に取り付けられたGPS端末からの情報で監視している。監視用ノートパソコンには、歩道橋の形が線で描かれていた。ここからも、トランシーバーを通して指示が出されている。

約300トンを支える多軸台車

画面を注視する担当者

予想外の出来事

交差点の中央部分まであと少しというときに、近くにいた作業員の動きが慌ただしくなった。なんと、首都高速湾岸線にかかる橋の上の交通標識に、歩道橋がぶつかりそうなのだ。慌てて、標識の向きを変える作業員の方々。当人たちはもちろん、万が一にでも工具が下の高速道路に落下したら、真下を走るクルマへの影響は甚大だ。そのような状況でも、作業は手早く行われた。

接触しそうな標識

手早く向きを変える作業員

今回の一番のヤマ場

無事に交差点内の所定の位置に到着すると、北側の多軸台車の載せ替えが行われる。これは、道路への負担を考えての措置だという。交差点の道路の下には電線類を収めている構造物があり、耐えられる荷重が場所ごとに違うからだ。載せ替えの作業中も、他の部分や不要となる多軸台車の移動準備が進められる。

橋脚に載せる準備はこれだけではない。真下を通る湾岸線もほんのわずかな時間ではあるが、流れを止めなければいけない。もちろん、完全に流れを止めることは困難であるため、工事現場の約3km手前から速度を落としたパトカーと作業車が先導し、数十分の間だけ車両が通らない時間帯を作るのだ。そのため、何が何でもその間で橋脚を載せ終わらなければいけない。

ところが、いざ規制が始まり、橋脚に載せる作業が始まったところで、移動が止まってしまった。監視担当者から現場へ怒鳴るような指示が飛ぶ。その間にも湾岸線の車列の先頭は刻々と近づいてくる。このままでは間に合わないのでは? 現場で見学していた誰もが思い始めた頃、再び動き出してなんとか時間内に橋脚への設置が終了した。

流れの途絶えた湾岸線

橋脚への移動

その間に近づく車列の先頭

規制解除後の湾岸線は大混雑

湾岸線の規制が解除された直後は、多くの車両で混んでいた。平日の夜中にたった数十分、流れを遅くしただけでこれだけの車両が並んでしまったのだ。工事のために何日も湾岸線を封鎖するのを避けた理由を目の当たりにした思いだった。

規制解除直後の湾岸線

両端の仮設部分を取り外すクレーン

完成は2013年度中

もちろん、これで工事は終わりではない。大きなクレーンで両端の架設部分を取り外す必要がある。設置が終了したのは午前2時だったが、一般道路の交通規制が解除されるのは朝の5時。3時間後の朝5時までに終えなければいけない。残念ながら、筆者は最後まで見届けることはできなかったが、翌朝、現場を訪れると、無事に架設部分も撤去されていて、何事もなかったかのように歩行者やクルマが行き交っていた。しかし、見上げれば交差点の中央に大きな橋の一部分が設置されているのである。知らない人は、一晩で設置されたと知らされたら驚くであろう。

残りの6つのパーツが交差点に設置されて「メガネ」の形が完成する。そのあと、階段やエレベーターが取り付けられ、実際に歩行者が通れるようになるのは2013年度中とのことである。

著者プロフィール

野副晋(のぞえすすむ)
日本科学未来館・科学コミュニケーター
前々職の研究員として従事している際に、2週間の閉鎖居住実験を経験するという異色の経歴を持つ。2つの研究所で合計7年半の研究員生活を経た後、日本科学未来館の科学コミュニケーターに。1年間、常設展示フロアで解説や実演などを担当した後、現在は展示やイベントの設計や企画を担当。大のクルマ好きであるが、それ以外の乗物全般も詳しい。乗物やロボット、情報関連技術など、わたくしたちの社会を豊かにする様々な科学技術について、これからの社会でどのように活用すべきか、できるだけ多くの人と語り合いたいと思っている。