日本マイクロソフトは6月13日、急遽発表会を開催。翌日から一カ月間に限り、Surface RTの価格を1万円据え置きするキャンペーンを行うと発表した。通常であれば歓迎すべき話だが、そこには利用可能なアプリケーションがWindowsストアアプリに限定されるWindows RTの苦境も見え隠れする。残念ながら現時点でWindowsストアアプリに「キラーアプリケーション」と呼べるものは存在せず、Windows RTおよびWindows 8の普及を推し進める起爆剤にはほど遠い。今週は日本マイクロソフトが選択したプライスダウンの理由を愚考する。

Surface RTを期間限定で値下げする理由とは

日本マイクロソフトは、今年3月15日から国内販売を実施した自社製タブレット型コンピューターである「Surface RT」の期間限定値下げを発表。Surface RT 32ギガバイトモデルは4万9,800円から3万9,800円に、64ギガバイトモデルは5万7,800円から4万7,800円へと価格改定した。6月14日から7月14日までと期間限定ながらも、円ドルの為替市場が乱高下し、執筆時点では円安方向に向かうなかでの値下げは思い切った選択と言える(図01)。

図01 Surface RTの期間限定値下げをアピールするキャンペーンページ

同社がこのような英断を下した理由は、ひとえにシェア拡大を目的とした戦略であることは言うまでもない。日本マイクロソフトの代表執行役社長である樋口泰行氏は「Surface RTはたいへん好調」としながらも、同社は販売台数や目標額などを明らかにしないため、発言をそのまま受け入れるのは難しい。記者からの「Surface RTの販売不振によるてこ入れとして、値下げするのでは」という質問に対しても否定し、「ソーシャルメディア上で販売意欲を示すコメントが、(iPadなど)競合製品よりも多く、販売店によるSurface専用テーブルの展開が続いている」ことを、好調の裏付けとして述べたものの、説得力を持つ言葉ではない(図02)。

図02 記者の質問に答える日本マイクロソフトの代表執行役社長 樋口泰行氏

少々古い情報になるが、Surface RTが好調か否かを判断する情報は、米国の調査会社であるIDCが5月に発表した、2013年第1四半期(1月~3月)の出荷台数に隠されている。同レポートによると、Microsoft製タブレット型コンピューターの出荷台数は約90万台。その多くがSurface Proが占めているというが、同デバイスが米国市場に投入されたのは2月9日。仮に半分がSurface RTとしても、第1四半期の時点では全世界で45万台しか出荷していないことになる。

また、同レポートによれば、同時期のタブレットOS別出荷台数は、Windows 7およびWindows 8が約160万台、Windows RTは20万台。第2四半期の数字を目にしないと不用意なことは述べられないものの、数字的に好調であれば大々的に発表するのはどの企業も同じだ。

MicrosoftはWindows 8のラインセンス販売本数をことあるごとに更新し、本社担当役員が公表しているのはご存じのとおりだが、これらのことから、Surface RTは販売面で苦境に立たされているのではないかと推測できる。デバイス&サービスカンパニーを目指す同社としては、その先兵となるSurfaceシリーズがタブレット市場の一角を占める存在にならなければならないため、対策に苦慮しているのだろう。

ただし、ここまではMicrosoft/日本マイクロソフトという企業の事情であり、エンドユーザーとしては手放しで歓迎すべき話である。全世界のタブレット市場では大きなシェアを誇るAppleは、5月末にiPad Retinaディスプレイモデル、およびiPad miniの日本国内販売価格を値上げした。米国販売価格に変化はないものの、モデルによっては数千円から1万円強まで価格が上昇したことを踏まえると、単純に円安の影響と見られるが、樋口氏は「為替レートによって製品の価格を変更するのは、ユーザーには受け入れがたいロジックだ」と暗にAppleの価格改定を否定(図03)。

図03 7月14日まで一万円のプライスダウンとなるSurface RT

その上で「(日本マイクロソフトは)為替レートによって製品価格を変更することは基本的に行わない」と説明している。エンドユーザーから見れば心強い発言だ。同氏はSurface RTについても「キーボードやUSBポートを備え、Officeスイートが利用できるのは大きな価値がある。(これらのスペックを備えて)3万9,800円という(価格に)飛びついてほしい」と改めてアピールしたが、今回の発表会で気になったのが、改めてライバルの存在を明確にしたという点だ。

これまで同社の発表会では、競合する特定のデバイス名や企業名を名指しすることはなかったが、今回樋口氏はAppleをライバル視する発言が目立った。プレゼンテーション資料でもiPad Retinaディスプレイモデル、およびiPad miniを対象にした価格比較表を提示し、Surface RTの期間限定値下げにおけるアドバンテージをアピールしている。同氏は「(Microsoftは)ハードウェア分野に対して後発であり、チャレンジャーだ。よりアグレッシブに市場参入する」という意気込みを見せ、Surfaceシリーズを核としたWindowsプラットフォームの強化を目指していることを明確に示した(図04)。

図04 iPadなど他社製デバイスを比較対象に加えたプレゼンテーションからは、日本マイクロソフトの意気込みをうかがえる

OSがコンピューターの中心だった時代。Windowsプラットフォームは圧倒的なシェアを誇る絶対的な存在であり、Mac OSやLinuxなど特徴的かつ魅力的なOSが他にも存在したが、Microsoftのシェア率は揺るがなかった。しかし、タブレット市場の台頭とコンピューター市場の減少傾向により、現在は盤石の地位が揺るぎだしている。

改めて自身が「チャレンジャー」であることを認め、デバイスやクラウドを中心としたサービスに方向転換したMicrosoftは無視できない存在だ。iOS搭載デバイス、およびAndroid搭載デバイスの二強状態であるタブレット市場に楔(くさび)を打ち込めるか否かは、今回の価格改定を筆頭にさらなる戦略が求められるだろう。