「自分がやっているという感覚が大事なのです」。1時間半のイベントを通して、何度か聞いた言葉だ。日本科学未来館で5月18日に開催された企画展関連イベント「いざ実験! あなたがそれを選んだ理由(わけ)」のテーマは、タイトルのとおり「選択」だったのだが、背後にあるキーワードは「やる気」だった。選択はやる気に密接にかかわっているらしい。選択とやる気をつなぐのが、「自らの選択でやっている」という感覚だという。

ご褒美がやる気を台無しにする?

お絵かきの大好きな女の子に、「上手に描けたね」といってご褒美をあげたとしよう。「それが、本人にとって思いがけないご褒美ならば問題はありません」とトークイベントの講師である玉川大学脳科学研究所の松元健二教授は話す。しかし、うまく描けたときのご褒美を約束するなどして、女の子がご褒美目当てに絵を描くようになってしまうと、大好きだったお絵かきがそれほど好きでもなくなってしまうという。ご褒美がもらえない場合は、絵を描こうという気がなくなってしまうのだ。この研究は、6月24日(月)まで開催中の企画展「波瀾万丈! おかね道 ~あなたをうつし出す10の実験」でも紹介されている。

人間はお金をもらったり、ほめられたりして「嬉しい!」と感じるときに脳の奥にある線条体という部分が強く反応する。松元教授はMRI(磁気共鳴画像診断装置)を使って脳の活動を見ながら、どういうときに「嬉しい」と感じるかを調べている。自分が好きでしていることは、報酬なしでやっても線条体の働きも活発になるが、報酬目当てになってしまうと、報酬なしでは線条体の反応は失われる。好きだからやるという「内発的モティベーション」が、報酬という「外発的モティベーション」によって置き換わり、せっかくのモティベーションが台無しになってしまうわけだ。報酬の不適切なあげ方で本人のやる気がそがれてしまうことは「アンダーマイニング効果」として知られ、最近、ビジネスの世界でも注目されている(松元教授の話の最後には、モティベーションを調べる研究で行っているストップウオッチを5秒ちょうどで止める実験を、イベント参加者全員が体験する時間もあった)。

MRIの画像を見せながら、嬉しいときの脳の反応を説明する松元健二教授

手に入らないものは評価が下がる

面白いことに、自分が選ばなかったものは好きでなくなるということもあるらしい。企画展「波瀾万丈! おかね道」でも紹介している松元教授の別な実験を紹介しよう。空腹状態の参加者に160種類のお菓子の画像を次々と見てもらい、「どのくらい好きか」を8段階で評価してもらう。実験中の脳の働きはMRIで計測されていて、その人にとって8点満点のお菓子を見たときには、脳の線条体は強く反応していることがわかる。次に、8点をつけたお菓子を2つ並べて見せ、「どちらか好きな方をあげます」と告げる。どちらも大好きなお菓子だけれど、一方は断念する状態をつくるわけだ。

どちらを食べるかを選んだ後、もう一度160種類のお菓子を8段階で評価してもらう。すると面白いことに、選ばせた2つのうち、選んだ方のお菓子の評価は高いままだが、断念した方は評価が低くなり、線条体の反応も弱くなるという。自分が選ばなかった方の評価は下がってしまうのだ。

イソップ寓話に、ブドウを食べようとしても高くて届かなかったキツネが、悔し紛れに「きっとまだ酸っぱいに違いない」という話がある。あれとよく似たことが人でも起きていることが、脳の活動から確認できたのだ。

自分で選べる状況が好き

松元教授の研究グループの一員である青木隆太さんは、このトークイベントの最中に"ちょっとした実験"を仕掛けていた。

イベント参加者にはあらかじめスクラッチカードが配られていた。削れる場所は9カ所で、順に番号がふってある。当たりは1つだけで、その番号はカードごとに違う。3つまで削って、当たりが出たら景品がもらえる。"ちょっとした実験"とはここから。「自分で選んで削る」か「箱から選ばれたボールの数字を削る」かを、その場で選ぶようにしたのだ。

当たりの確率は同じ。でも「自分で選んで削る」(緑)が81%と多数に

当たる確率は自分で選んでも箱のボールで運任せにしても、3/9=1/3で同じだ。それでも、参加者の81%は「自分で選ぶ」方にしていた。私たちは「自分で選べる」ことを好むらしい。MRIを使った最近の研究でも、自分で選べるときのほうがそうでない時よりも線条体が強く活動することが報告されているという。  

私はできる! という感覚

トークイベント中に気づかぬうちに参加者たちが実験に参加していた例は、まだある。すでに少し触れたが、松元教授の話の最後に、研究室で行っている実験をイベント参加者全員が体験する時間があった。実験は5秒ぴったりでストップウオッチを止めるというもの。誤差が0.05秒以下だった人には「よくできた」のシールを胸に貼ってもらえる。成功者はだいたい半分だった。

トークイベントでは、この実験を終えたあとに、前述の青木さんのスクラッチカードを使った実験が始まり、続いて、研究チームの阿部嘉織好さんによる会場参加型の「直観にだまされる実験」が行われた(ここではその詳細は書かないが、興味のある方は「モンティホール問題」でインターネット検索すると出てくる)。そして、最後の講師である蓬田幸人さんが登場し、イベント参加者にストップウオッチ実験のもっと難しいバージョンに挑戦して下さる人はいませんかと呼びかけた。先ほどは誤差0.05秒以下なら成功だが、今度は誤差0.01秒以下というもの。かなり難しい課題だが、会場から6人が挑戦すべく前に出た。

より難しい実験への挑戦者は6人。実は、このうち何人が「よくできた」シールをつけているのかが、本当の実験だった

実は、実験はこれだった。研究チームが見たかったのは、挑戦者のうち何人が「よくできた」シールを胸に貼っているか。6人のうち2人は後からイベントに参加したため、ストップウオッチ実験を体験していない。残りの4人のうち3人は胸に「よくできた」シールがついていた。

この実験は、成功体験があると同種のもっと難しいことでも「自分ならできる」という気持ちを持ちやすくなることを示すものだったのだ。

やる気を引き出すコツ

「やった、できた!」という成功体験が自信につながり、もっと難しいことにも挑戦しようというモティベーションの素になる。一方で、こうしたせっかくの内発的モティベーションを、ご褒美が台無しにすることもあるというのが、前半でのお話だった。ご褒美があると「(ご褒美をくれる人に)やらされているという感覚ができてしまう」と松元教授はいう。

質疑の時間では「ではどうすればよいかに」に質問が集中した。参加者のなかには、子育て中の親御さんや職場で部下をもつ方など、今までの自分の褒め方に不安を感じた人もいたようだ。

自身も父親だという松元教授は「これが正解という方法はない」としながらも、オモチャやお菓子、お金のように実際に手で触れられるものよりも、言葉の方が適切だという。ただし言葉の場合でも、本人がアピールしたい点をほめた方が良い場合もあれば、本人も気づかない意外な点を取り上げた方がいい場合もある。「人間はほかの動物と違って、まわりの評判というのを理解し、意識します。第三者の評価も上がるような褒め方がよいかもしれません」。

会場からは「勉強をさせなくてはならないが、『国語もきらい、算数もいや』という場合はどうすればよいか」という質問もあった。そういうときには「どちらをやるかを自分で決めさせるのがいいでしょう」と松元教授は言う。自分で決めている、自分がやっているという感覚が人間は好きなのだ。「内発的な部分をうまく引き出すのが大事なのです」。

今回のトークイベントは、お金をテーマに行動経済学や脳科学などを紹介する企画展「波瀾万丈! おかね道 ~あなたをうつし出す10の実験~」に関連したもの。6月8日(土)には次の関連イベント「いざ実験! (2)あなたがだまされた理由(わけ)」が開催される。

著者プロフィール

詫摩雅子
日本科学未来館・科学コミュニケーター
新聞の科学部、科学雑誌の編集部にいること20数年。この世界は進みが速いから、自分は科学や技術のもはや"歴史"を見ていたのだと、ある日突然、気がつきました。未来館には2011年春より勤務。