整備のためハンガーに収められた機材。写真はボーイング767-300型機。なお、この機材のローンチカスタマー(世界で最初に導入した航空会社)はJALだった

旅客機を操縦するのはパイロットであり、客室の安全を管理するのは客室乗務員の役割である。しかし、それは乗客の目に触れる部分でしかない。スムーズで快適なフライトを提供するために、整備士や運航管理者、ロードコントローラーなど航空会社では数多くの「縁の下の力持ち」が働いている。

中でも安全管理の要と言えるのが整備士だ。今回、成田空港にあるJALの航空機整備センターを訪れ、整備の仕事の最前線を取材した。

まずはレクチャーを受講。写真は旅客機の簡単な構造図

整備を大きく分けると「機体」と「部品」

成田空港の整備施設に入ると、まずは現在の航空機整備の概要をレクチャーしてくれた。航空機の整備には機体整備と部品整備とがある。前者の機体整備は運航整備(発着整備)と点検整備(ハンガーでの機体の重整備)に、後者の部品整備はエンジン整備(エンジンの分解整備)と装備品整備(電子部品、油圧部品などの整備)に分けられる。今回取材したJALの航空機整備センターでは、機体整備を行っていた。

整備作業には定例整備(車でいう車検や点検整備に類似)、修理作業(故障した部位の整備)、改修作業(改良を加える作業)があり、定例整備はその航空機の飛行時間や飛行回数によって区別される。JALでは整備の種類をアルファベットの「T」・「A」・「C」・「M」などで表す。

内視鏡を使った整備は人間ドックのよう!?

まず、飛行機が到着してから出発するまでの間、飛行前に毎回行われるのが「T整備」だ。外観点検が主で、もし飛行中にパイロットや客室乗務員によって不具合が見つかれば、その整備も行う。乗客が飛行機を利用する際に目にする整備のはほとんどがこれである。そのほかはすべて点検整備である。

フラップ(高揚力装置)操作のデモンストレーション。油圧で上げ下げされるため油圧オペレーションの確認作業となる

約750飛行時間(1~2カ月)ごとに行われる「A整備」は通常、その機材が規定の飛行時間に達する際、一日のフライトが終わり、翌日使用されるまでの間に実施される。外部状態の点検や油脂類の交換、各部の清掃、部品の交換などを主に行い、所要時間は6時間ほどだ。

次に、約1~2年ごとに行われる「C整備」。これは車で言えば車検に相当し、期間が1~2週間ほどかかる。最後に、5~6年ごとに行われる「M整備」。これは機体構造の点検を行う大規模な整備で、内装だけでなく、機体のペイント(塗装)も取り去って点検し、防錆処置や再塗装を施し、仕上げる。内視鏡を用いたチェックもあり、「M整備」は“人間ドック”に例えることもできる。

内視鏡をエンジン内部に入れてモニターをチェックするエキスパート整備士の高尾氏。ベテランしかできない作業で、15年以上のキャリアが必要だ

今回、取材に訪れた格納庫(ハンガー)ではボーイング777-200ERの「C整備」が行われていた。2002年9月に納入された機体で、飛行時間は約3万2,600時間、フライト数は約8,550回。成田空港のJAL航空機整備センターでは約900名の整備士が働いており、そのうちエキスパートと呼ばれる整備士は110名。更にキャリアが25~30年におよぶ「マイスター整備士」が18名だ。

構造整備のマイスター・土井氏が行っているのは渦電流探傷試験。非破壊検査で表面や表面近くの傷を探し出すための検査で、このほかに目視も行う。整備の中でも最も根気のいる作業のひとつだ。渦電流探傷試験でひび割れや傷があると、アラームが鳴るようになっている

不具合を事前に知る「予防整備」も

近年の航空機の性能と同様、整備の手法も向上している。以前は決められた飛行時間が近づいたら分解・点検・組み立てをする「オーバーホール」方式が主流だったが、ハイテク機(ボーイング747-400や777など)が誕生した頃からは常に状態をモニターし、異常を検知する「コンディション・モニタリング」方式に移行している。

コンディション・モニタリング方式はMOディスクなどの記録媒体に膨大なデータを記録、それを地上で解析し、故障の兆候を探知する手法。故障に至る前に関連する部品を交換できるのが特徴だ。また、飛行中の機体の状況は常にモニターされ、異常が検知されると自動的に無線や衛星回線で地上の整備関係者に情報が伝えられるため、部品や人員の手配に早くから取りかかることができる。空港到着前に整備の準備が整い、到着後はスムーズな作業ができるというわけだ。結果、定時運航率を高める効果もある。

重大事故は約300万フライトで1回に激減

模型航空機を作るのも整備士の訓練のひとつ。板金作業で、平らなアルミ板から曲面をもつ機体の形状を手でたたき出す訓練だ。手作りとは思えないでき映え

今回はJALを例に航空機整備の最前線を見てきたが、航空業界全体を見ても、ここ10年で旅客機の重大(死亡)事故は3分の1に激減している。2001年前後の重大事故の確率はほぼ100万フライトに1回程度だったが、2011年には100万フライトにつき0.37回(国際航空運送協会調べ)まで減った。つまり、約300万フライトに1回の確率になったわけであり、これは航空業界全体の安全レベルが上がっていることを証明する客観的な数字と言える。

また、2013年1月、発煙トラブルを起こした最新鋭のボーイング787型機にアメリカ連邦航空局(FAA)が運航停止命令を出した。旅客機に運航停止命令が出されるのは34年ぶりのことだが、FAAの素早い判断は評価できる。

同機の運航停止は半年や1年の長期に及ぶのではないかとも言われたが、ボーイング社は適切な処置を施し、3カ月あまりで規制当局の承認を得、運航再開を可能にした。航空業界を規制する当局の安全への意識の高さと航空機メーカーの素早い対応力を見た。

そうした整備技術や安全への意識の高さに加えて必要なのが、それを継続する努力だ。JALでは、「安全を確保するには“ここまでやるか”というくらいまで徹底する必要がある」と考え、日々、作業に当たっている。なお、JALでは整備工場の見学が可能だ。ホームページにも情報を掲載しているので、興味がある人は見学してみるといいだろう。

筆者プロフィール : 緒方信一郎

航空・旅行ジャーナリスト、編集者。学生時代に格安航空券1枚を持って友人とヨーロッパを旅行。2年後、記者・編集者の道を歩み始める。「エイビーロード」「エイビーロード・ウエスト」「自由旅行」(以上、リクルート)で編集者として活動し、後に航空会社機内誌の編集長も務める。 20年以上にわたり、航空・旅行をテーマに活動を続け、雑誌や新聞、テレビ、ラジオ、インターネットなど様々なメディアでコメント・解説も行う。著書に『もっと賢く・お得に・快適に空の旅を楽しむ100の方法』『業界のプロが本音で教える 絶対トクする!海外旅行の新常識』など。