アスコムから出版された『ずっと「安月給」の人の思考法』(木暮太一氏著、定価1300円+税)。タイトルだけで十分刺激的だが、実際に読んでみても、資本主義社会に生きる我々が企業で働く意味や仕組み、今後どう生きていけばいいかを示唆してやまない内容となっている。今回は、著者の木暮太一氏に、この本を書いた意図などについて、大学で"経済学を勉強したはず"の筆者が、その一言一言に驚き、感嘆しながらインタビューした内容をご紹介したい。

木暮太一氏プロフィール

経済入門書作家、経済ジャーナリスト。慶應義塾大学 経済学部を卒業後、富士フィルム、サイバーエージェント、リクルートを経て独立。学生時代から難しいことを簡単に説明することに定評があり、大学在学中に自作した経済学の解説本が学内で爆発的にヒット。現在も経済学部の必読書としてロングセラーに。相手の目線に立った話し方・伝え方が、「実務経験者ならでは」と各方面から高評を博し、現在では、企業・大学・団体向けに多くの講演活動を行っている。『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)、『今までで一番やさしい経済の教科書』(ダイヤモンド社)、『カイジ「命より重い!」お金の話』(サンマーク出版)など著書多数、累計80万部。

――これまでの著書で「マルクス経済学」を分かりやすく解説されてきた木暮さんの本領が今作でも発揮されています。給料の額が決まる仕組みを、マルクスが書いた『資本論』をもとに、さらに丁寧に説明していますね。

昨年出版した『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)でも、マルクスの理論を紹介しながら、資本主義経済の枠組みと、その中に置かれた労働者の立場を説明しました。ありがたいことに多くの読者に読んでもらえたのですが、「なぜ働くことがしんどいのか理屈は分かったけど、それをどう変えていけばいいかが分からない」という反応もあったんです。そこで今回は、具体例を挙げながら、「なぜ、給料が安いのか」「どうすれば給料を上げることができるか」を伝えることを心がけました。

『ずっと「安月給」の人の思考法』(アスコム、木暮太一氏著、定価1300円+税)

――「成果を出しても、給料が上がるわけではない」という指摘には驚かされます。

「だから仕事をがんばらなくてもいい」というわけではありません。僕自身は、仕事にかかわらず、何事も一生懸命にやらなければおもしろさも分からないと思っています。ここで言いたいのは、資本主義経済の仕組みでは、個人の成果がダイレクトに給料の額に結びつくわけではないということです。景気の良し悪しも同じです。なぜなら給料は、成果や景気ではなく、「労働者が明日も働くための必要な経費」で決まっているからです。

そのルールを知らない人がとても多い。がむしゃらに仕事をしているビジネスパーソンがよく、「同僚より何倍も結果を出しているのに給料が変わらない」と嘆いていますが、マルクスの理論でいえば、それは当たり前なのです。給料を上げたいのなら、成果を出そうと努力するより、他にやるべきことがあります。間違った方向に注がれているエネルギーを正しい方向に向ければ、苦しい状況も改善されるはずです。それをこの本で示しました。

――多くの労働者が無駄なストレスを抱えているんですね。

読者からのメールには、このような内容もありました。「給料が安いのは自分が無能だからだと思い、仕事にすべてを捧げていました。でも、給料が能力で決まっているのではないと分かり、安心しました」と。パソコンに向かって泣いているのではないかと心配になります(笑)。給料の額は評価の表れではないと知っていれば、ここまで追いつめられることはありません。資本主義経済のルールを知ることは、自分の状況を客観的に見る視点を加えることなんです。

――私たちが「成果を出せば給料が上がる」と思いこんでいるのはなぜでしょう?

資本主義経済がなんたるかを教えてくれる本が少ないからです。日本では同じ会社で働く人間を仲間と考える意識が強い。会社の経営者と、自分たち労働者まで「対等な仲間」と考えてしまうんです。だから、稼ぎはみんなで分けるという暗黙の了解が生まれ、成果が上がれば分け前も増えると思ってしまうのではないでしょうか。

木暮太一氏

――経営者と労働者には、どのような立場の違いがあるのですか。

極論を言ってしまえば、経営者にとって、労働力はあくまで「仕入れ」の一つです。会社は仕入れた原材料を使って商売し、利益を生み出そうとします。労働者はそのうちの原材料なんです。経営者と労働者は真逆の立場にあるわけです。そして、給料の額は、労働者が労働力を作るのに必要なコスト、例えば、エネルギーを満タンにするための食費や住居費、知識・経験を身につけてもらうための学費や研修費などの総額が基準になります。経営者から見れば、大きな成果を出す労働者は、「予想より大きな利益を生み出す材料」、つまり、「コスパのいい労働者」なのです。

――給料を上げたいなら、まず、業種の特徴を調べておこうとアドバイスしていますね。

同じ時間、同じパワーを使うなら、給料が多くもらえる環境を選ぶべきです。入社した会社や業種の特徴を調べもせずに「給料が安い」と文句を言うのは、自分に責任があると思います。同じ大学を出た同級生で、金融業界に進んだ人と、流通業界に進んだ人では、30年後の年収や資産に大きな差が出ますよね。なぜ給料の高い会社と、安い会社があるのか、その構造を知った上で仕事を選ぶのは大切なことです。別に、各企業の財務諸表を読みこなせと言っているわけではありません。本に書いたような原則を知っているだけで、会社選びの指標になります。同じアパレル企業でも、なぜユニクロが他の会社に比べて給料が高いか、それには理由があるということです。

――その構造を調べるとともに、自分を「企業があなたの代わりを連れてこようとすると高くつく、と思うほどの優秀な労働者」に作り上げる必要があるんですね。「給料を上げるための13の質問」はかなり具体的なアドバイスです。なかでも、大事なポイントは何ですか。

本業に関する勉強をすることです。本では「自主レン」と言っています。みなさんの周りにもいるはずですが、「意識の高い」営業マンが会社を出ると資産運用の勉強をしたりしますよね。「人脈を広げる」と言って、異業種交流会に積極的に参加していたり。それって、本当に本業の役に立ちますか? 営業マンなら、その時間で自社製品を上手にプレゼンするスキルを磨いたほうが、優秀なビジネスパーソンになるのではないですか。異業種の知り合いが本当にあなたのビジネスを助けてくれますか?

こういう人たちが周囲より努力していることには間違いありませんが、エネルギーを注ぐ方向を間違っているんです。ビジネスの世界で優秀な人材になりたいのなら、本業に直結する勉強をしなければなりません。野球部の補欠部員が放課後、いくら熱心にサッカーの練習をしても、レギュラーにはなれないのです。

――どうして間違った方向に努力してしまうのでしょうか。

仕事があんまり好きじゃないからじゃないですか(笑)。退社した後まで本業に関わりたくないけれど、やる気はあるという。その気持ちはわからなくもないです(笑)。

――13の問いかけが胸に刺さっても、仕事が忙しいなどと言い訳をして、なかなか行動に移せない人も多いと思うんです。

行動するためには、具体的な目標がなければいけません。みんな大きな目標を立てすぎるんです。「将来は起業する」という目標は立派ですが、なりたい姿が大きすぎて、何から手をつければいいかわからないまま、ずるずる時間が過ぎてしまう。起業するという目標のために、今日はまず何をやるのか、小さなアクションを決めて進んでいくんです。小さなこともできないのに、大きなことができるわけがありません。僕は中学生の時から、日々小さなハードルを設定しています。

――例えば、どんなハードルですか。

「今日はエクセルを開く」とか、そんなことです。

――それでいいんですか!?

僕はエクセルの資料を作るような、細かい作業が苦手なんです。だから、エクセルを開いただけで「目標を達成したぞ」と自分を褒めます(笑)。一歩踏み出すと二歩目がでるように、自然と次の作業に移っていけるんです。

――木暮さんは早くから「難しいことを分かりやすく説明する」ことを仕事にしようという大きな目標があったんですよね。

「10年前から今のポジションを目指してキャリアを積んできたんですか」とよく言われるんですが、結構行き当たりばったりです(笑)。ただ、分かりやすく説明することが、自分の「好きなこと」だという意識は明確でした。でも、作家業が仕事になると思えるようになったのはここ数年です。

――作家になる前は3社にお勤めでした。転職する時は、給料を上げようと業種や企業について徹底的に調べたんですか。

いえ、考えてなかったです(笑)。僕自身は、給料の額はあまり気にならないんです。

――えっ。意外です。

僕は最初、富士フィルムに勤めました。フィルムのビジネスには何十年もかけて構築された形があったので、自分でビジネスを起こせる業界に行きたいと考えてサイバーエージェントに移りました。リクルートに転職したのはたまたま縁があったからですが、前々から興味のあった金融の仕組みを学ぶことができました。結果的に3社で働いた経験は独立するために役立ちましたが、給料の面で考えると、最初の転職ではやや下がりましたよ。

――木暮さんは「ビジネスパーソンは常に収入アップを目指すべきだ」と考えているわけではないんですね。

資本主義経済のルールも知らずに安月給を嘆く人があまりに多いので、どうせ努力をするなら、正しい方向に進んでほしいと願っているだけです。また、マルクスも書いていますが、資本主義経済が発展すると、つまり、グローバル化が進むと、良質な製品を生み出す圧力も強まりますが、企業の利益も圧迫されます。すると、企業の余裕がなくなるので、終身雇用も崩れるし、労働市場から放り出される人も増えていきます。

これからは自分で自分を守り、生き延びていくしかありません。経済学を学んだ一人として、そのための有意義な方法を伝えたいんです。でも、僕自身は『釣りバカ日誌』の浜ちゃんのように、釣りをすることが人生の目的で、会社のポジションにも給料にもこだわらないという生き方もいいと思っていますよ。

――浜ちゃんはビジネス書を読むビジネスパーソンと対極にいますが、認められるんですか(笑)

今作では、最後に「給料よりも大切なもの」という後書きを添えています。ここで、僕の作った言葉"自己内利益"を紹介しています。これは給料アップに対抗する言葉です。ほとんどの人は年収を目標に働きます。でも、年収が増えるということは、自分が費やすエネルギーも増えているということです。給料が高い仕事は、それ相応に精神的・肉体的エネルギーが必要だからです。いくら年収が倍になっても、忙しさが3倍になることもあります。もしそうなっていたら幸せと言えるのでしょうか。自己内利益は、収入とそれを得るためにかかったエネルギーを差し引きした残りのことです。

浜ちゃんが課長になれば、収入は上がるけど、仕事のプレッシャーが大きくなるし、釣りをする時間も減るでしょう。浜ちゃんは、課長に昇進することは"自己内利益"が減ることだと判断して、ヒラ社員でいることを望んでいます。それは賢明だと思います。少し前まで、ビジネスパーソンは早く昇進することだけを目指して競争していましたが、今は「役職に就きたくない」「給料はほどほどでいい」と言えるようになりました。それは、変わった人でも、草食系男子でもなんでもない。僕から言わせれば、正しく考えられるようになっているんです。

――浜ちゃんにとっての「釣り」や、木暮さんの「やさしく説明すること」のように、自分にとっての「好きなこと」はなかなか見つかりません。

それはがむしゃらに探すしかありません。好きなことがないのは、まだ見つかってないだけです。いろいろなことを真剣にやらなければ、好きかどうかも分かりません。まずはそれなりの時間をかけて、興味のあることを一生懸命やってみてください。

好きなことが見つかっても、それを仕事にしていくのは無理だと諦める人も多いですね。それはもったいない。好きなことで食えるようになるために、日々自主レンと行動目標を立てるんです。足らないところはこれから埋めていけばいいんです。自分が何を目指し、自分にどんな能力があり、自分をどう高めればよいか。これからの時代にビジネスパーソンとして活躍するためには、それを自分自身で考えるしかないのです。

――明日から頑張っていけそうな気がしてきました。今日は貴重なお話、本当にありがとうございました。