5月8日~10日の3日間、東京ビッグサイトにおいて、IT分野の先進技術を広く紹介する展示会「Japan IT Week 春」(主催:リード エグジビジョン ジャパン)が開催された。10日には、ヤフー 代表取締役社長 宮坂 学氏、慶應義塾大学 特別招聘教授の夏野 剛氏による特別講演が行われたので、講演の様子をお伝えする。

ヤフー社長 宮坂 学氏

ヤフーの代表取締役社長 宮坂 学氏の講演タイトルは「マーケティングはビッグデータの夢を見るか?」。映画「ブレードランナー」の原作である「アンドロイドは電子羊の夢を見るか」をもじったものであるという。同作品内の時代設定が2019年であることに触れ、「あと数年でその時代がやってくるところまで来た」(宮坂氏)といい、マーケティングは、その近未来において「人が何をしようとしているのかという気持ちを知ること」だという。

テクノロジーの変化によってマーケティングも変容する。インターネット以前とその後では、マーケティングが大きく様変わりした。インターネット以前は「4マス(テレビ、ラジオ、雑誌、新聞)を利用して、同じ情報をたくさんの人たちに提供。そして販売されるのはマスプロダクト(大量生産品や単一サービス)であった」とした。

そして、インターネット時代の到来。「ワンツーワンのコミュニケーションによって、一人一人にあった製品、サービスを提供することが可能になった」と宮坂氏は語る。

「ひょっとするとマーケティングを大きく変える技術かもしれない」。宮坂氏は、そのように前置きをしながらも、次の変化をもたらすテクノロジーとして「ビッグデータ」について語り出した。

ビッグデータはタイムマシン?

「もしタイムマシンを持っていたら、マーケターとしてどんなに楽だろうといつも思っている。未来が分かるようになるのだから。その『もし』を叶えてくれるかもしれないのがビッグデータだ」(宮坂氏)。続けて宮坂氏はビッグデータで未来を言い当てた実例を、いくつか挙げた。

ニューヨークタイムズ紙のネイト・シルバー氏は、昨年の米大統領選で、全50州の勝敗を予測し、的中させた。彼はビッグデータを用いた数理統計モデルで選挙を予測しており、2008年の大統領選挙においても、50州中49州の勝敗を的中させていた。

続いての実例は「マネーボール」だ。2011年に映画化された話で、メジャーリーグのオークランド・アスレチックスのGM、ビリー・ビーンが主人公のノンフィクションである。彼は、膨大な野球のデータを「セイバーメトリクス」と呼ばれる手法で分析し、貧乏球団であるアスレチックスを常勝球団へと育て上げ、1勝あたりのコストが1/3になったという。

ヤフーのビッグデータ活用

「Yahoo! JAPANにおいてもビッグデータは活用している」として、宮坂氏はヤフーのビッグデータ活用例も挙げた。ヤフーは、月間PVが507億、1日のユニークブラウザ数が5600万(共に今年1~3月平均)となっており、連日膨大なデータが蓄積されている。これを利用し、昨年から様々なビッグデータ解析を始めたという。

一つ目に挙げたのはヤフーによる景気動向一致指数の予測だ。景気動向一致指数は、基準年を100として景気の現状を数値化したもので、内閣府が毎月発表している。ヤフーでは、この指数を検索キーワードから算出している。

ヤフーでは、年間75億種類ものキーワードが検索されているが、そのうち毎日一定回数以上検索されている60万種類のキーワードを抽出。そして、景気動向一致指数と高い相関関係を持つ196種類の語句を元に、ヤフー独自の指数を算出しているという。

例えば正相関するキーワードでは「ターニングポイント」「年収1000万」。負の相関を持つ語句は「ろうきん」「帝国データバンク」など。(なお、ヤフーの景気予測に悪影響を及ぼさないよう、ここで挙げられたワードは相関関係の高い上位196語ではないものが挙げられている。)

これにより算出したヤフーの景気動向一致指数は、内閣府の発表とほぼ一致するという。3月の景気動向一致指数は、4月16日にヤフーが「91.9」と発表。その後、5月9日に内閣府が「93.3」と発表し、「誤差はわずか1.5未満である」と宮坂氏は胸を張った。

また、先ほどの米大統領選のように、ヤフーでも昨年12月の衆議院選挙でビッグデータによる予測を行ったという。政党名の検索数と比例区得票数が正比例であったほか、SNSで投稿された政党数名と小選挙区得票数も正比例の関係性であったという。

議員個人にスポットを当ててみると、「議員名 キーワード」といった形で、名前の次に入れる第2ワードで当落の傾向が分かるという。当選議員の第2ワードで一番多かったものは「街頭演説」で、演説内容に注目が集まっている。

それに対して、落選議員は「画像」が第2ワードだという。これは、「候補者の顔があまり知られていないことを意味しており、すなわち興味関心が薄いことの現れ。また、この第2ワードで検索された議員の顔写真を並べてみると、美人が多い。『顔が良い=選挙で当選する』訳ではない」と宮坂氏は分析している。

ビッグデータを活用するには

ヤフーでは、様々な社会状況と検索キーワードの相関関係をモデル化している。モデル化の行程としては、一つ目に「現在の結果を確認」し、二つ目に「その結果に対して、相関関係の高い過去の行動を抽出」するという。

その後、宮坂氏はインターネットマーケティングの変革の歴史を改めて振り返った。「10年前までは、テレビと同じように全ユーザーに対して、同じバナーを打つなど、一斉広告展開を行っていた。しかし、その後ワンツーワンという、パーソナルへの反動があった」

しかし、再びビッグデータによって「マス・パーソナルへの揺り戻しが起こる」と宮坂氏。個々のターゲティングではなく、ビッグデータ解析によるパーソナルのモデル化を行うことで、マスの集合としてターゲティングを行えるようになるという。

最後に宮坂氏は「ビッグデータはユーザーのものである。ビッグデータのマーケティングによって夢を見るのは、提供者ではなく、ユーザーだ」と言い、ビッグデータの解析を「課題解決エンジン」として講演を締めくくった。