Windows OSのエクスプローラーやOS XのFinder(ファインダ)など、コンピューター上でファイルやフォルダーを扱う際に欠かせないのが、ファイラー=ファイルマネージャーの存在。今後、コンピューターの使用スタイルが多様化することで、ファイルやフォルダーを意識する必要がなくなる可能性はありますが、温故知新の意味を込めて、古今東西の古いファイラーや最新OSのファイラーまで広く紹介します。今回は「DOS Shell」を取り上げましょう。

世界のファイラーから

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IBMが開発した「DOS Shell」

CUI(キャラクターユーザーインターフェース)を主としたPC/MS-DOS(以下、MS-DOS)環境において、ファイラーは欠かせない存在でした。第一回でも述べたように、MS-DOS 3.0がリリースされた1984年には、Albert Nurick(アルバート・ ニューリック)氏とBrittain Fraley(ブリテン・フレイリー)氏が開発した「PathMinder(パスマインダー)」がリリースされています。

第一回で取り上げた「Norton Commander(ノートンコマンダー)」は、MS-DOS 4.0がリリースされた年よりも2年早い1986年にリリースされています。コマンドライン上で作業するのは既に現実的ではなく、その後のGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の普及に拍車がかかったのは、誰しもが望む流れでした。かく言うMS-DOS 4.0はMicrosoftではなくIBMが主導で開発を行ったバージョンですが、このMS-DOS 4.0に搭載された最初の純正ファイラーが「DOS Shell(シェル)」です。

しかし我々日本人にとって、MS-DOS 4.0というバージョンはなじみがない方が多いのではないでしょうか。当時の国内の主流コンピューターだったPC-9801シリーズに同バージョンはリリースされていません。同シリーズ向けにリリースされたMS-DOSは、1.25/2.0/3.1/3.3/5.0/6.2の6種類(3.3Aなどのマイナーアップデート版は除く)。

EPSONが当時発売していたPC-9801互換機用として、バージョン4.0をリリースしたのが数少ない例ですが、そもそもMS-DOS 4.0は安定性に欠けていたため、国内ではバージョン3.3が長く使われていました。そのため我々が最初にDOS Shellを目にしたのはバージョン5.0からなのです。

まずはMS-DOS 4.0に搭載されたDOS Shellから話を始めましょう。前述のとおり同OSはIBMが主導で開発を行っており、IBM-DOS 4.0は同社から、MS-DOS 4.0はMicrosoft経由でOEM提供が行われました。そのため、DOS Shellの基礎部分はIBMが開発したと述べても過言ではないでしょう。そのためウィンドウデザインもIBMが1987年に提唱したソフトウェア標準化のガイドライン「SAA(Systems Application Architecture)」に即しており、SAAの一つ「CUA(Common User Access)」を採用しています(図01)。

図01 MS-DOS 4.01搭載のDOS Shell。最初に起動するとコマンドプロンプトの起動やファイル操作といった選択肢が用意されていました

市場的には数多くのファイラーがリリースされていましたが、OSが標準ファイラーを搭載した最大の理由は、当時の互換OSだったDR-DOS上で動作する「GEM(ジェム)」の存在が大きかったと言えます。GEMは完全なGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)で人気を博し、PC/MS-DOSのシェア(市場占有率)を侵食していました。

そもそもIBMは当初DR-DOSに目を付けていましたが、紆余曲折(うよきょくせつ)の上、Seattle Computer Productsの86DOS(QDOS)を買収して自社ブランド化したMS-DOSを採用。一方のDigital Research(デジタルリサーチ)は一世風靡(ふうび)したCP/Mを16ビットプロセッサに対応させたCP/M-86を開発し、DR-DOSに発展させました。その後もMicrosoftとDigital Researchの間では数々の争いが繰り広げられます。本稿の趣旨と異なりますので割愛しますが、このような背景がありました。だからこそ、DOS Shellの搭載に踏み切ったのでしょう(図02)。

図02 GEMベースのGUIファイルマネージャーである「ViewMAX/1」。DR-DOS 5.0に付属していました

DOS Shellはキャラクターベースで構成されていたため、TUI(テキストユーザーインターフェース)もしくはCOW(キャラクターオリエンテッドウィンドウ)という表記が正しいようですが、マウスに対応するなど機能面は考慮されていました。またMS-DOSはシングルタスクOSですが、複数のアプリケーションを起動し、必要に応じて切り替える疑似マルチタスク(タスク切り替え)機能を備えています。依然としてDOSアプリケーションが主流だった当時としては有用な機能になるはずでした(図03~05)。

図03 MS-DOS Shellからコマンドプロンプトへ「降りた」状態。Autoexec.batから起動していることが確認できます

図04 こちらはファイル操作画面。[Tab]キーでアクティブペインを切り替え、ファイル操作を行っていました

図05 MS-DOS 4.0は所有していないのでバージョン4.01上ながらも、MS-DOS Shellのヘルプを確認すると「DOS 4.00 Shell」という呼称が用いられています

しかし、MS-DOS 4.0は機能拡張に伴う多くのバグが潜んでおり、消費メモリも増加。同バージョンからXMS(eXtended Memory Specification) )を利用するHimem.sysや、EMS(Expanded Memory Specification)を利用するEmm386.exeが同こんされるようになりましたが、有効活用されたとは言いがたく普及しませんでした。なお、DOS Shellにはグラフィカルモードが備わっているという文献を目にしましたが、残念ながら仮想マシン上で実行したMS-DOS 4.01でグラフィックモードを指定する「dosshell /g:h」を実行しても、変化を確認できませんでした(図06~07)。

図06 表示形式の一つ「Multiple file list」では、2つのファイルマネージャーを開いて個別の操作が可能でした

図07 こちらは「System file list」。選択したファイルの詳細情報を表示させながら操作が可能でした。