航空事故に遭遇する確率は、自動車に乗って事故に遭う確率よりも断然低く、現代の航空機は非常に安全性の高い乗り物だ。しかし、過去には教訓とすべき重大アクシデント(インシデント)も起きている。ここでは航空ジャーナリストで、数々のテレビ番組で航空機の解説を行っている筆者が過去の航空事故の原因を紐解き、その後さまざまな安全対策が講じられた実話を紹介しよう。

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4つ全てのエンジンが停止

ロンドンをたったブリティッシュ・エアウェイズ9便(BA9)は、乗員15名、乗客248名を乗せてパース(オーストラリア)に向かう長距離フライトだった。機材はボーイング747、通称「ジャンボ」。経由地のクアラルンプール(マレーシア)を離陸した約1時間半後、突然4つのエンジンが全て停止した――。

1982年6月24日に発生した、重大な航空インシデントである。

ブリティッシュ・エアウェイズが運航するボーイング747-400型旅客機。BA9便の事例では747-200型が使われていた

インドネシア上空1万1,300mを順調に夜間飛行していたBA9は、24日21時半すぎ(現地時間)、コクピットの窓から奇妙な閃光が見えた。レーダーには何も映っておらず、雷雲ではないことは明らかだった。

機長が機内の空調ダクトから煙が出ていることを確認し、機内での火災発生も疑われた。するとエンジンが点滅するように白く光っていたのだ。コクピットクルーは最初、何が起こっているのか分からなかった。直後、第4エンジンの出力が低下したため、エンジン消火の手順により停止させた。機長はすぐに残りのエンジンで、近くの空港に緊急着陸する決心をした。

しかし、続いて第2エンジン、第1エンジン、第3エンジンの順に全てが停止してしまった。安全性を考慮して4つもエンジンを装備しているジャンボが、その全ての出力を失うという事例は、今までにほとんどない。機長はエンジン再始動を何度も試みたが、出力を失ったBA9の高度は下がる一方だった。洋上への不時着も、機長は覚悟していた。

全エンジン停止から12分経過、高度3,400mまで降下した時、第4エンジンが再始動したのである。その後、エンジンは次々とよみがえった。第2エンジンは相変わらず不調だったため3つのエンジンで高度と速度を保ち、機長はジャカルタ国際空港まで引き返し、22時25分、緊急着陸に成功した。

エンジン停止の原因は?

世界の火山地帯を通過する際、航空機の運航に支障が出ることもある。噴煙が到達している高度などを調査し、国際航空路に影響がないかどうか、各国は情報を共有している(NASA Earth Observatory)

エンジン停止の原因は、火山灰を吸い込んだことだった。ジャカルタ南東160kmにあるカグングン山が噴火し、その噴煙がインド洋まで達していたのだ。幸い降下して低高度に達すると、噴煙から抜け出すことができ、エンジン内部に詰まっていた火山灰が剝がれ落ちたと見られる。そして再始動が可能になった。まさに危機一髪だった。

暴風雨や積乱雲といった目に見えやすい自然現象であれば、早期に発見し、それを回避することが可能だ。しかし、火山灰は大気中に浮遊する細かいちりで、レーダーに映らない。そのため、気象観測データをもとに、噴煙が舞い上がっている高度と風向から飛散区域を予測しなければいけない。パイロットは、お客さんを乗せている以上、定刻通りのフライトを望んでいるため、可能な限り迂回するルートは避けるが、安全のためには早めに飛行ルート変更の決断が不可欠となる。

BA9便の教訓は、「夜間は特に危険」ということだ。気象条件がよければ、舞い上がる噴煙を昼間ならコクピットの窓から「障害物」としてパイロットが視認し、事前に避けられる。しかし夜間の場合、特に月の光もない洋上ではまったく見えなくなる。気象データは、リアルタイムではない場合も多く、刻々と変わる状況は現場でないと分からない難しさがある。

2010年4月14日にはアイスランドで大規模な火山噴火が発生し、ヨーロッパ大陸上空に広く噴煙が滞留した結果、多数の航空便が欠航、「空の交通」が麻痺する事態となった。この時の火山灰は上空1万6,000kmに達し、ほとんどの航空路の高度と重なる。影響は1週間~1カ月以上続き、どのようなルートを飛行してもヨーロッパの空港を発着する便は火山灰を避けられず、安全のためには「欠航」以外の方策はなかった。

前記のブリティッシュ・エアウェイズ以外にも、火山灰を吸い込み、エンジンが不調になった事例は過去に存在する。航空機メーカーでは可能な限りエンジンの信頼性を高めているが、空気を取り込んで燃焼させるというジェットエンジンの基本構造は変えられなく、技術面での対策は難しい。

大規模な欠航を余儀なくされると、観光、物流など、経済への影響が深刻だ。しかし、「安全」が優先であることは言うまでもない。

米国NASAでは、気象観測や火山調査を専門に行う研究用の航空機を運用しており、世界的なデータを収集している(Dryden Flight Research Center)

現代はグローバルな気象観測ネットワークが構築されており、火山情報および火山灰の飛散区域を把握するシステムがある。パイロットはフライト前に、航空路にそうした危険な区域がないかどうかを常に調査し、飛行計画を立てている。また、パイロットが航空路の状況を報告し、次に同じ範囲を飛行する便に対して情報提供する仕組みもある。

安全対策としては、噴煙が広がっている危険な区域を避けて飛行ルートを設定するか、それが無理なら「飛ばない」選択肢を講じるしかない。立ちはだかる大自然の壁には、どんなハイテク旅客機であっても、「早期に逃げる」という手段しかないのだ。