2012年10月25日・26日に、産業技術総合研究所(産総研)のつくばセンター中央、東、西の3カ所を会場とした、「産総研オープンラボ2012」が開催されたので、そこで見かけた興味深い展示をピックアップして紹介したい。

2012年イグ・ノーベル賞を受賞した「SpeechJammer」

産総研の2012年の発明で、世界的に最も注目されたものといえば、情報技術研究部門 メディアインタラクション研究グループの栗原一貴研究員(画像1)と、科学技術振興機構 さきがけの塚田浩二研究員が共同で開発した聴覚遅延フィードバックを利用した発話阻害の応用システム「SpeechJammer」(画像2)だろう。2012年のイグ・ノーベル賞のAcoustics Prize(音響学賞)を受賞したことから、ご存じの人も多いはずだ。今年のオープンラボでは、栗原研究員による講演が行われた。

画像1。産総研 情報技術研究部門 メディアインタラクション研究グループの栗原一貴研究員

画像2。話題となったガン型SpeechJammerの1台。上の指向性マイクで発話者の発話を拾い、数100ミリ秒ほど遅延させた上で、下の指向性スピーカーで送り返す仕組みである

SpeechJammerは、指向性のマイクとスピーカーを組み合わせ、数100ms程度の遅延を加えて発話者にその発話内容を送り返すというツールで、ヒトはこの遅延で自分の声が聞こえると、混乱してしまってうまくしゃべれなくなるという反応を応用している。

栗原研究員によれば、SpeechJammerは、「プレゼン先生」というソフトを開発していて生まれてきたものだという。発話者の発話が速すぎることを手元のノートPCのモニタなどに表示しただけでは、プレゼンテーションで緊張している(そのために発話が速くなっているはず)発話者にとってはあまり効果がないので、具体的に(物理的に)発話者に働きかける方法はないかということから考え出されたのである。決して、最初から「長話でうるさいヒトを黙らせる」ことを目的に開発した技術ではないのだ。

ちなみに、まだまだ完成度が低い技術と栗原研究員はいう。「これを向けられたら、どんなヒトも話せなくなる」というイメージが先行してしまい、イグ・ノーベル賞まで受賞してしまったフィーバーぶりには開発した本人たちも非常に驚いているそうである。

そもそも、技術的なものは2010年に開発が済んでおり、査読付きで国内学会で発表し、2011年には国際学会発表を目指すが頓挫してしまったという、研究として順風満帆なものではなかったそうだ。

それが、形だけを残しておこうと、2012年3月にWebで英語の論文と、ガン型のSpeechJammerを作ってそれを使った様子を撮影して動画で公開したところ、海外のメディアで「言論の自由は終わった」などと少々大げさながらも取り上げられ、一気に炎上気味にフィーバーしたという。そして動画再生があっという間に100万再生に達し、産総研にメディアからの問い合わせが殺到、そして9月にイグ・ノーベル賞を受賞したというわけだ。

イグ・ノーベル賞の授賞式では、なかなかウィットに富んでおり、スピーチでは必ず笑いを取らないといけないそうなので、そこら辺が大変だったそうだが、実際にゲストのオペラ歌手に歌ってもらうことになって、SpeechJammerを向けたところ、うまく歌えなくなったので「ひやひやものながら」なんとか効果を披露できて拍手と笑いをもらえたということであった。

なお、SpeechJammerの効果を体験したいという人には、Windows版およびWindowsPhon版のソフト「SpeechJammerLite」が栗原研究員の個人サイトで無料公開されている。あとはヘッドセットを持っていれば、誰でも体験できるので、ぜひ試してもらいたい。

記者も講演の前に体験させてもらったが、まったくしゃべれないというわけではなが、原稿を読み上げるペースがゆっくり目になるし、「ら行」が複数入っているようなカタカナ言葉だと、噛んでしまってうまくしゃべれない、という感じだった。

ちなみに、現在は動物に効果があるのかどうかなどを試そうとしているそうだが、実際のところ、ヒトが意味のある言葉を話している時にしか効果がないだろうということで、鳴き声のうるさい隣の飼い犬などを黙らせるとかは難しいようだ。

災害現場などでの調査向けロボットが展示

続いては、産総研といえば、「HRP-4C 未夢」などのヒューマノイド型ロボットHRPシリーズが有名なことから、ロボット関係を紹介。今年は、ヒューマノイド型ロボットの新型機の展示はなかったが、小型の床下の点検や被災地などでの要救助者の探索、被害現場の偵察などを用途とした、クローラ型の小型移動検査ロボット「DIR-3」(画像3・動画1)が初お披露目の1台となった。

画像3。小型移動検査ロボットのDIR-3。フリッパーがない分、低コストなのが特徴。さすがにフリッパーのみの4脚走行はできないが、段差踏破能力はそう引けを取らない
動画1。段差を乗り降りする様子を動画で紹介

DIR-3は知能システム研究部門フィールドロボティクス研究グループで開発されており、フリッパーを備えていないが、それと同等の段差踏破能力を有している点が特徴だ。そして、上下対称なクローラ機構を備え、本体の両脇中央からコの字型アームが出ている点が外見上の特徴である。ちなみにフリッパーを備えないことで、よりコストを抑えられるというわけだ。

コの字アームがフリッパーに近い役割を果たし、段差を上る時は上段側に引っかけたり、下りる時もひっくり返らないように先にアームを下段につけておいたりといったことで使用する。本体高の1.2倍の18cmの段差まで上ることが可能だ(ひっくり返ってしまっても走行可能で、アームを使っての復旧も容易)。

また、前面にカメラが備えられているが、アームを使うことで、ボディを垂直に近いぐらい上に向けたり、逆にほぼ真下を見たりすることも可能で、これまでに発表されているどの床下点検ロボットとも、視認できる角度が広いのである。

脳波でロボットをコントロールする新技術「BCI」

そのほか、今年はロボットを活用したさまざまな実証実験などが行われていること、ロボットを活用した新技術などが紹介されていた。いくつか、実験室でのデモを見ることができたが、その1つが「BCI(Brain Computer Interface:脳・計算機インタフェース)によるヒューマノイドの操作」だ。

フランス国立科学研究センター(CNRS)との共同ラボ「AIST-CNRS ロボット工業連携研究体」として行われている研究で、ラボでのデモでは、産総研が開発して川田工業が量産化して販売したヒューマノイドロボット「HRP-2 PROMET」の10号機を、研究者が脳波だけでコントロールして見せた(画像4・5・動画2)。

画像4。BCIを用いてHRP-2を操作しているところ。操縦者は脳波計を計測するためのキャップを被る。操縦中はもちろん一切手は使わない

画像5。HRP-2の10号機にはエンドエフェクタ(グリッパー)が装備されており、BCIからの命令でカンやペットボトルをつかんだり置いたりすることも可能

動画
動画2。BCIでHRP-2を動作している様子。もちろん手元にはコントローラなどは一切ない

また、実験中のため写真撮影は許可を得られなかったのだが、「広視野視覚によるヒューマノイドの道環境移動」もラボでのデモを見ることができた1つ。こちらではHRP-2の1号機が、開発中の広視野視覚(人間の視野角に近いほど広い)を用いて、「自己位置姿勢推定技術」や「ポイントクラウド生成技術」、障害物環境における「ナビゲーション技術」を用いて、また不整地路面における「二足歩行動作安定化技術」を駆使してフィールド内を2足歩行で移動した(画像6)。

将来的には、こうした技術が洗練されて実用的なレベルにまで至れば、事故を起こした福島原子力発電所の原子炉建屋内でのがれき撤去などの作業などに導入できるかも知れないので、期待したいところだ。

画像6。HRP-2の1号機が移動したフィールド。岩のオブジェ、ダンボール箱、イスをすべて障害物として認識し、指定された通りに、それを避けながら移動する。また、床に段差があるが、それらを踏んでも足首の角度を調節して倒れずに歩いていく

ロボットを用いた実証実験も展示

またデモなどはなかったが、いくつかのロボットを使った実証実験などもパネルで紹介されていた。その1つが、ヒトに酷似した外見を持つロボット(アンドロイド)の「アクトロイド-F」(大阪大学石黒浩教授が開発したジェミノイドをベースにした、ココロが販売している量産型)を使った「コミュニケーションを支援するアンドロイドの実証実験」だ。

同実証実験では、昨年のオープンラボの記事でも紹介した女性型と男性型のアクトロイド-F(画像7)が、発達障害児との対話(ソーシャルスキルの学習)や、高齢者施設での高齢者との対話(認知症予防)に利用されている。

画像7。2011年の産総研オープンラボで撮影。右の女性型がアクトロイド-Fの基本モデルで、左の男性型は基本的には同じだが、髪型や服装、メイクなどを変更して男性仕様としている

面白いことに、お年寄りにアクトロイド-Fは受けがいいそうで、高齢者の施設にアクトロイド-Fを持って行くと、とても反応がいいという。お年寄りたちはロボットだとわかっているにも関わらず、中にはそれまではほとんど話さなかったというお年寄りですら、アクトロイド-Fに向かってとても楽しそうに話しかけたりするそうで、アンドロイドはヒトにない何かを有しているのがわかってきたという。

その実験ではアクトロイド-Fを遠隔操作しているわけではないため、お年寄りとの会話に対してちゃんと受け答えをしているわけではないそうだが、それでもお年寄りたちは話しかけていたそうだ。中には男性型アクトロイド-Fが来るということで、お化粧までする方までいたというし、かっこいいヒト(?)を拝めてよかったと喜んでいる方もいたそうである。

アクトロイド-Fはどれだけ話しかけられても、どんなペースや話し方であっても嫌な顔は絶対にしないので、そうした点でも話しやすいということなのかも知れない。

そのほか、「ヒューマノイドを用いたアシスト機器の設計支援」では、ヒューマノイドロボットHRPシリーズの4世代目で女性型ロボットとして有名な「HRP-4C 未夢」に装着型サポートウェア(スマートサポート者の「スマートスーツ・ライト」など)を着用させて、関節にかかるトルクなどでアシスト機器を定量的に評価するということも行われている。未夢がサポートウェアを着用しているのはシーンはなかなか珍しいので(画像が小さくて申し訳ないが)掲載しておく(画像8)。

画像8。ウェディングドレスを着たり、初音ミクのコスプレをしたり、歌を歌ったりという華やかな仕事が多かった未夢だが、最近はなかなか地道な仕事もしているようだ

産総研のオープンラボでは展示される技術や紹介されている実験などが膨大なため、ロボットを中心とした話題以外にも展示は多数ある。続いては、それらを紹介しよう。

さまざまなネットワークトポロジーで時間分割通信を実現する技術

まず、「ロボット用IRコミュニケータ」(名称にはロボット用と入っているが、実際にはロボット専用というわけではない)。こちらは、「パルス統合振動子モデル」を利用した「自律分散型アルゴリズム」を備えた赤外線通信装置で、さまざまなネットワークトポロジーにおける「時間分割調停機能」を実現。要は、複数のノードが干渉し合う状況でも、互いに衝突することなく安定して通信できるというわけだ。

また、スター、リング、メッシュ、ツリー、ラインなどさまざまなネットワーク構成においても時間分割通信を行える点も特徴。結果として、「隠れ端末問題」や「さらし端末問題」が生じないという利点があるのである(画像9)。

それから、「ハードウェアの安全性評価技術と偽造防止技術」。標準化されている暗号アルゴリズムは、理論的な安全性の検証はなされているが、それをハードウェアに実装する際に不備があると、「サイドチャネル攻撃」と呼ばれる盗み出す技術により、電力消費や漏洩する電磁波から秘密情報が漏れてしまう可能性がある。

それを防ぐべく、ハードウェアの物理的な安全性評価技術の研究促進を目的に、サイドチャネル攻撃をチェックするための標準評価ボードや専用暗号LSIを産総研では開発しているというわけだ(画像10)。

画像9。ロボット用IRコミュニケータ。直径6cm×高さ7cm、重さは150g

画像10。ハードウェアの安全性評価技術と偽造防止技術のブースのデモ。実装に不備があると、電力消費や電磁波から秘密情報が漏れてしまうの。画像ではまだ暗号は解かれていないが、瞬く間に解読されてしまう

また、「二次イオン質量分析装置」の見学可能であった(画像11・12)。二次イオン質量分析法とは、一次イオンビームを固体表面に照射し、それによって表面から生じる二次イオンを分析する装置で、仕組みとしては縦横5m程度の超小型加速器というようなイメージだ。同装置の部署では、隕石も含むさまざまな鉱物資源の分析を行っており、遠くは南アフリカの白金鉱山との研究協力なども行っている。

画像11。二次イオン質量分析装置。操作コンソール卓側から

画像12。二次イオン質量分析装置。操作コンソール卓の対角線の辺りから

応力発光粒子をセンサとして活用

こうした中でも興味深かったのが、「近赤外応力発光技術による明所・生体計測」(動画2)。応力発光粒子をセンサとして利用したひずみ分布の可視化・診断技術である。例えばコンクリートの橋脚などにこの技術を用いると、車が橋を通過して応力がかかった時に、目には見えなくてもひび割れが生じている部分、もしくはまだひび割れてはいないもののひび割れが生じる可能性が高い劣化している部分がまるで稲妻が走るように発光するので、診断がしやすくなるというわけだ。

動画
動画3。紙コップをつぶした際に、その内側で蛍光イエローに発光するのが見えるはず。これが近赤外応力発光である

高度経済成長期に整備された橋梁や高速道路などのインフラは、すでに耐用年数を迎えているものもあり、さらに今後10~20年で次々と耐用年数を迎えるということで、中にはかなり痛んできているものもある。よって、この技術で早急に診断して、橋や高速道路の崩壊など、あってはならない大事故を防ぐのに活用してもらいたいところだ。

また、産総研では技術移転ベンチャーを立ち上げており、その中の1社であるWafer Integrationが披露していたのが、「半導体故障解析用ナノプローバ」である(画像13・14)。半導体の微細化に伴って従来の光学式検査装置では確認ができなかった故障を発見できる、ナノサイズのテスターといった具合で、半導体のどこに不具合があるのか細かく調べられる装置というわけだ。

以上、ほかにも興味深い展示やラボでのデモンストレーションなどが多数あったのだが、パネル展示も含めてとにかく紹介されていた技術が400を優に超え、その内のラボ見学が可能なものも120近くあり、さすがにすべてを紹介するのは無理なので、興味を持った方は、来年もこの時期に2日間にわたって開催されるので、ぜひ訪ねてみてはどうだろうか。いろいろと面白い技術が見られるはずだ。