売れるための法則その1 - 機能を絞ってターゲットを明確化

この数年、デジタル文具やガジェットの分野でヒット商品を連発しているキングジム。一度は見聞きしたであろう「ポメラ」「マメモ」「ピットレック」「ショットノート」「レコロ」といった商品は、すべて同社の商品である。

キングジムといえば、今まではファイルと「テプラ」でおなじみの会社だったが、2008年の「ポメラ」発売をきっかけに、デジタル文具やガジェットのラインナップを拡大している。しかも、みな大きな注目を集めてヒットしているばかりか、競合品もほとんど出てこない。いったい何が、立て続けにオンリーワンのヒット商品を生む開発力を支えているのだろうか? 取材を通じて明らかになったのは、他社にはなかなか真似できないキングジムならではといえる商品開発の「法則」であった。

キングジムのデジタル文具やガジェットには、1つの特長がある。それは、ほとんどの商品が単機能であるということ。「ポメラ」は文字入力、「ピットレック」は名刺管理、「レコロ」はインターバル撮影(設定時間ごとに撮影する撮影法)といった具合。多機能を前提に商品を開発する電機メーカーとは明らかに一線を画す。

単機能ということは、機能はもちろんのことターゲットを絞った結果でもある。これが1つ目の法則「機能とターゲットを絞る」である。

「以前は万人受けするようなものを考えていたところがありましたが、ポメラのヒットにより、ターゲットや機能は絞り込んでも深い満足を与えることができれば、一定の評価を得られることを学びました」と語るのは、キングジム執行役員 開発本部副部長の亀田登信氏。「ポメラ」の成功が、キングジムの商品開発にこの法則を気づかせることになった。

キングジム本社の受付に置かれている同社のデジタル文具やガジェットたち(左)。デジタル文具などに囲まれているのが同社 執行役員 開発本部副部長の亀田登信氏

単機能の商品で深い満足を与えるのに大切なことは、キーレスポンスや画面の見やすさといった基本機能を高くすることにある。この点も「ポメラ」のヒットで得た気づきだった。基本機能の高さが評価され使い続けてくれるユーザーも多いという。

売れるための法則その2 - 世の中にない市場を調査する意味はない

2つ目の法則は、「マーケティングをしない」である。

キングジムでは商品開発に当たり、市場調査などはしないという。その理由は、「独創的な商品を開発し、新たな文化をもって社会に貢献する」という経営理念と深く関係している。「世の中にないものを創造するとき、市場調査で欲しいかどうか聞いてもわかるはずがありません」と亀田氏。社長の宮本彰氏も、「そんなことをする時間と金があったら早く作って発売したほうがいい」と言っているそうで、オリジナリティの高い商品をスピーディーに提供することを重視している。

商品化の判断基準は基本的に、100人に1人の「絶対買う」という強い意見を持ったエンドユーザーが見えていることだという。仮に、売れずに失敗した場合、原因が性能や作り込み不足にあれば開発者の責任になるが、ユーザーが少ないことにあれば開発にゴーサインを出した経営陣の責任になる。開発者は市場性の見誤りを問われないので、ターゲットに向けて作り込むだけでよく、開発に専念できる。

ただ、情報が溢れる現代にあって、マーケティングに頼らないでものを作るには、ネタを見つける工夫や独自の着眼点が不可欠。キングジムがネタ探しに生かしているものの1つが、身の回りに目を向けることである。具体的には、多機能な電子機器から魅力的だと思った機能をピックアップして専用機として文具的に開発する、あるいは、困ったことの解決や「こんなことができたらいいな」と思ったことの実現が果たせるアイデアを発想する、といったことである。感性的なアプローチだが、それは「自分自身が知っていること、興味を持っているものでなければ、深くつくり込むことができないから」(亀田氏)だ。

売れるための法則その3 - 最新技術を追いかけない

3つ目の法則は、「枯れた技術しか使わない」である。

価格が下がるところまで下がり、技術的な進歩も望めないものを使い倒す。代表的なのが、「ポメラ」と「マメモ」にモノクロ液晶ディスプレイを採用したことである。

対極にある最新のホットな技術を使った商品はモデルチェンジのサイクルが早く、価格競争にもなるので、体力に勝る大手メーカーの方が有利。そんな分野でキングジムが勝負を挑んでも、勝てる見込みはない。しかし、枯れた技術を使えば、性能や価格がこなれているため負けることはなく、完成度も高いので品質上の問題も起きにくい。

「知っている人からすれば昔あったものと思われるかもしれませんが、知らない人からすれば先端をいく商品に見えます。昔あったものと比べれば安くなったり小型になったりしていますから、いいものとしてリバイバルできています」(同)と枯れた技術を使った開発の効果を挙げる。最新技術を使った電子文具の開発案件が持ち込まれることもあるが、こうした案件は断っているという。大手メーカーと同じ戦略、同じ土俵で戦わないという姿勢が明確だ。

売れるための法則その4 - 入社したての若手でも開発に参加

そして4つ目の法則は、「柔軟な組織体制と若手社員の活用」である。

キングジムの開発本部はかつて、一般文具と電子文具で部門が分かれていたが、現在は一本化。ファイル、テプラ、デジタル文具、「ショットノート」のように文具とデジタル機器が共存するデジアナ文具、といった形で緩くグループ分けしているが、開発上の制約はとくに存在しない。ファイルのグループがデジタル文具を企画開発しても構わないし、各グループの有志が集まって共同で企画開発するのも自由である。

こうした柔軟な組織体制によって生まれたのが、「ショットノート」である。そもそも「ショットノート」は、文具好きが自主的に集まって開催していたアイデア出しのミーティングに参加していたメンバーが発案したものだ。

「ショットノート」の開発担当は、20代の若手社員。これに限らず、キングジムでは現在、入社2~5年ほどの若手社員が開発の主力として活躍している。理系よりも文系出身者の方が圧倒的に多く、感性を重視していることがうかがい知れる。

若手開発者は、「ポメラ」の成功に大きく触発された面があるという。「ポメラ」の開発を近くで見てきた彼らは、成功がメディアへの露出につながることや、機能とターゲットを絞り込み深く作り込む開発手法が評価されることを学び、後に続こうと意欲的になった。

目標が商品を出すことになれば本末転倒と自戒

若手社員たちの新しく豊かな感性にかかれば、今後も開発のネタは尽きそうにない。しかしその一方で、一定の歯止めをかけることも考えているという。それは、商品を出すことが目的ではなく、エンドユーザーに深い満足を与えることが目的のため。今後は商品企画が厳選されるかもしれない。

「ポメラ」のヒットは間違いなく、その後の商品開発に変化と好循環をもたらした。ヒットを生んで変化のきっかけをつかんだことが、躍進のきっかけとなり、単機能のユニークな商品を出すというキングジム「らしさ」の確立にもつながった。