古来より人々の生活に欠かせない存在であった「暦」。今でこそ私たちはカレンダーを見ながら、「あと○日で金環日食か~」なんて気軽に話題にしているわけですが、現代の正確な暦に至るまでには洋の東西を問わず長い年月とたくさんの人々の苦労がありました。岡田准一、宮﨑あおい主演で映画化され、本屋大賞2010第1位受賞のベストセラー小説『天地明察』は、そんな暦の変更、つまり"改暦"をテーマにした江戸時代の物語です。

『天地明察』(C)冲方丁/角川書店

江戸時代前期、日本で使われていたのは、西暦862年に唐から伝わった宣明暦と呼ばれる暦でした。しかし、800年の時を経て、この宣明暦に大きな誤差が生まれ始めます。暦は当時の日本人の生活を支えるインフラであると同時に、宗教や経済にまで影響を及ぼす重要な存在。そこにずれが生じることは、何としても避けなければなりません。

そこで、新たな暦を作るという一大事業に任命されたのが、本作の主人公・安井算哲(またの名を渋川春海)でした。碁方と呼ばれる囲碁の名門・安井家に生まれ、囲碁棋士として幕府に仕えるも、頭の中は天文学と算術(数学)のことばかりだった安井算哲。そんな彼は、失敗と挫折を繰り返しながらも、生涯をかけて改暦という夢に挑戦し続けるのです。

……というカタい話はさておき、個人的に『天地明察』の見どころだと思うのは、登場する男たちによる熱い友情と、ドラマチックな出会いと別れの数々。本作は史実をもとにした物語なので、登場するキャラクターは実在の人物ばかりなのですが、そうは思えないほどに"できすぎている"のです。事実は小説より奇なりとはまさにこのことですな。

たとえば安井算哲をめぐる三角関係(誤解を招きそうな言い方だけど、実際そんな感じだから仕方ない)がそう。物語冒頭、算術にハマっている安井算哲は算術絵馬を通して天才算術家・関孝和の存在を知ります。どんな難問も即座に解き明かしてしまう関に強烈な憧れを抱く安井算哲ですが、それゆえになかなか本人に会いに行くことができず、算術の問題を通して関に挑戦するのです。憧れ、嫉妬、羨望……さまざまな思いがまじりあった安井算哲の気持ち、何かに夢中になり、はるか高みを見上げた経験を持つ人ならきっと共感できるのではないでしょうか。

一方で、そんな安井算哲に熱い思いをぶつけてくるのが、囲碁棋士の本因坊道策。おそらく囲碁をやったことのある人なら、一度は名前を聞いたことがある天才囲碁棋士です。史上最強とも称される彼は、その強さゆえに御城碁(囲碁棋士が将軍の御前で行う対局)の温さに飽き飽きしており、実力伯仲の安井算哲をライバルと認めてヒリヒリするような真剣勝負を挑んでくるのです。

ところが当の安井算哲は天文学やら算術やら関孝和に夢中になっており、道策の誘いをのらりくらりかわすばかり。せっかく才能を持っていながらなぜ囲碁の世界一本で生きようとしないのか。安井算哲に対する道策の不満は募る一方で、その一途な思いは見ていて何だかかわいそうになるほど。思わず「算哲、減るもんじゃないんだから一回くらい真剣勝負してやれよ~」と声をかけてやりたくなりましたよ……。

そんな風に、囲碁、算術と多才ぶりを発揮する安井算哲ですが、途中からは冒頭のあらすじでも述べた通り、改暦という一大事業に全身全霊で取り組んでいくことになります。

そこで登場するのが、改暦の夢をかなえるため安井算哲と行動を共にする建部伝内、伊藤重孝や、陰からサポートしてくれる会津藩主・保科正之、水戸黄門こと水戸光圀といった面々。彼らの助けと妻・えんの支えを得て、安井算哲はそれまで使われていた宣明暦に終止符を打つべく突き進んでいくわけですが、事はそう簡単ではありません。古いものから新しいものへと移るときというのは、当然いろいろな方面からの反発があるもの。それが800年も続く暦ともなればなおさらです。巨大な圧力に屈することなく、安井算哲は改暦を無事やり通すことができるのか。バトル漫画のごとき後半の展開は、思わず手に汗握ってしまうことでしょう。

全体を通して秀逸なのは、物語の大テーマとは特に関係なさそうに見える算術や囲碁といった要素が、最終的に一つになって改暦という主題に集約されていくところ。パズルのピースがカチッとハマるような快感は、ミステリーで謎が解けたときのそれにも似ています。

金環日食やうるう秒など、天文・暦的にも重要な一年となる2012年。400年前、現代の私たちと同じように空を見上げていただろう安井算哲の偉業を知るのに、ふさわしい年と言えるのではないでしょうか。

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