iPhone 4が発表されて以降、ディスプレイの高精細さを表現するためにたびたび登場する「Retina (網膜)」というキーワード。そしてRetinaに関連して、最近になり頻出するようになった「IGZO」というキーワード。両者の意味と関係について、改めて整理してみたい。

Appleが生み出したマーケティング用語「Retina」

iPhone 4/4S、第3世代iPad、そして直近ではMacBook Pro Retinaディスプレイモデルと、Appleがここ最近発売した製品の多くでは「Retina」と呼ばれる高精細ディスプレイを搭載している点がセールスポイントとなっている。この「Retina」というワードの初出は2010年6月に開催された開発者カンファレンスのWWDC 2010(写真1、2)。このとき、iPhone 4が発表された際の説明で「Retina」が用いられ、以降の同社の高精細ディスプレイは「Retina Display」の名称を冠するようになった。この高精細ディスプレイの特徴は一画面で表示可能な情報量が増えるだけでなく、中/低解像度ディスプレイと比較して、同じサイズで文字や写真を表示した場合に、表示のためにより多くのピクセルを割り当てられるため、よりスムーズで高精細な画像の描写が可能になるというところだ。

その前世代のiPhone 3GSまで、iPhoneでは3.5インチのサイズに480×320ピクセルのディスプレイを採用していた。それがiPhone 4では一気に4倍の960×640ピクセルとなり、単位インチあたりのピクセル数にして326ppi (pixel per inch)の解像度となっている。WWDC 2010でプレゼンを行ったSteve Jobs氏の説明によれば、人間の網膜(Retina)が個々のピクセルを認識できる臨界点がおおよそ300ppiの水準であり、これを超えることで認識の限界を超えた美麗な映像表現が可能になるという。こうしたディスプレイを「Retina Display」と表現したのが、その名称の始まりだ。

写真1、2 WWDC 2010のキーノートスピーチより。iPhone 4に搭載されたRetina Displayについて説明するSteve Jobs氏

次に登場したRetina Display搭載のデバイスは、9.7インチサイズに2,048×1,536ピクセルと従来比4倍の解像度を持った第3世代iPad。第3世代iPadでは、単位インチあたりのピクセル数は264ppiとなる。このピクセル密度はJobs氏の説明にあった300ppiには届かず、これでは当初のRetinaの定義を満たしていないように思える。だがAppleによれば、「スマートフォンとタブレットではユーザーの視認距離が異なる」ということで、スマートフォンより目から離して使うことの多いタブレットに求められるRetinaの臨界点もより低い水準になり、264ppiの解像度でも同等の表現が可能であると説明された(写真3、4)。

写真3、4 2012年3月、第3世代iPadが発表されたスペシャルイベントにおける、Retina Displayについての説明。デバイスとユーザーの間の距離が離れる分、解像度が300ppiを下回ってもRetina Displayとしての表現が可能であるとする(Webサイトで公開されているKeynoteビデオより)

この点はMacBook Pro Retinaディスプレイのケースにおいてより顕著で、15インチサイズに従来比4倍の2,880×1,800ピクセルの解像度を持つ同機のピクセル密度は220ppiと、第3世代iPadよりさらに低い。だが利用ケースを想定すれば、それでも「Retina」だというのがAppleの主張だ。筆者の個人的感想だが、実際店頭で見比べてiPadとMacBook ProでRetinaと非Retinaの差をぱっと見で見分けるのは難しい。これは、通常利用時でもピクセルの"粗さ"を実感できるほどではないことに由来するとみられる。

こういった訴求のしかたを見ていると、「高精細ディスプレイ=Retina Display」であるかのような感覚にも陥るが、実際には冒頭にあるように「"Retina"はAppleのマーケティング用語」であり、他社のディスプレイにも当てはまるわけではないので注意したい。

この分野におけるAppleの功績は主に2点。「一部ハイエンドのみで利用されていた高精細ディスプレイを一気にメジャーな存在した」こと、そして「ディスプレイの高精細さをppiで表現した」ことにあるといえる。これまで高精細ディスプレイは高価で、PCや携帯電話において、複数のメーカーで同じ解像度のディスプレイが利用される一因にもなっていた。基本的に製品ラインを1種類しかもたず、部品の大量調達が可能なAppleだからこそ高精細ディスプレイを本格採用する大英断ができたといえるだろう。またppiを解像度の基準にしたことで、「1,024×768」といった絶対的なピクセル数よりも、画面サイズに対してどれだけピクセル数を詰め込んでいるのかに評価基準が変わりつつある。Appleの場合、既存のアプリが動作しやすいように縦横2倍ずつの4倍解像度(200%)を一律で適用したが、間もなく登場するMicrosoftのWindows 8では「150%」「180%」といった倍率モードが用意されており、よりppiの数字を重視する傾向が強くなっている(これはppiに応じて最適な倍率モードを選べることを意味している)。これにより、「高精細ディスプレイで文字やアイコンが小さくなった」という現象は少なくなり、「サイズは同じでより文字や画像の表現が滑らかになる」というメリットを享受できるだろう。

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