2012年3月。東日本大震災の追悼イベントとして、イギリス・ロンドンでチャリティーアートイベント「NOW&FUTURE: Japan」が開催された。

ギャラリー展示風景

本イベントには、オノ・ヨーコや塩田千春といった世界的に活躍する日本のアーティストの作品をはじめ、アイザック・ジュリアン、アントニー・ゴームリーなどの現代美術を代表する錚々たる作家達の作品が並んだ。作品は全て無償で提供されており、オークションによる売り上げは全額あしなが育英会を通して震災遺児の支援へ充てられた。

このイベントでオーガナイザーを務めたのが現在26歳の若手キュレーター・本田江伊子だ。通常、大学院を出てから活動するのが一般的なキュレーター(学芸員)の業界では、若手の存在といえる。

本田は、2008年に英・ロンドンのゴールドスミス大学を卒業し、以来フリーランスとしてロンドンを拠点に活動。周囲が大学院へ進学する中で、「現場から肌で学ぶ」と決めて業界へ飛び込んだ。大英博物館の元キュレーターJames Putnam(ジェームス・パットナム)氏に師事しながら、ベネチアビエンナーレをはじめとする現代アートのイベントに携わってきた。

本田江伊子

そんな彼女が本イベントを企画したのは「東日本大震災が起きた時、私はロンドンにいて何もする事ができなかった。歯がゆい思いを抱えていました。アートのフィールドを活かして、何か自分でも力になれないかと模索していました」という想いから。

イベントを主催するということは、想像以上に体力・精神力を要求するものだったという。

「募金を全額チャリティーに充てるために、展示の運営費や会場費、作品の運搬などの諸経費は全て別途スポンサーの協賛を得て行いました。私を含めスタッフは全員、日中は生活の為の仕事を続けなくてはならず、限られた時間の中での作業でした」

イベント準備のさなか、多忙を極め体調を崩した時期もあったという。しかし被災地への想い、チームメイトやサポートアーティストへの感謝、そして実現させたいプロジェクトへの情熱を忘れる事なくアーティストへの交渉やスポンサー集めに奔走した。その結果、本田の想いに共感したアーティストからの作品が徐々に集まり始め、展示会場にはロンドンの一等地メイフェアにオープンしたばかりのギャラリーの協力が決まった。 オークションの運営は、世界最大手のオークションハウス「クリスティーズ」がバックアップを快諾。オープニングパーティーにはロンドン市内の日本食レストランや酒造がドリンク・フードの提供を申し出た。

なかでもオノ・ヨーコからの作品提供が決まった時には鳥肌が立ったという。

「一作品提供して下さるだけでも光栄だったのですが、更に展示の主旨を汲み取って、オノさんから代表作である参加型インスタレーションの展示を提案してくれたのです」

オノ・ヨーコ作のインスタレーション作品「MEND PIECE(メンド・ピース)」

出展されたのは「MEND PIECE(メンド・ピース)」というインスタレーション作品。壊れた陶器のカップやプレートを、来場者が糸やテープで「MEND(補修)」することで壊れたものへ想いを巡らせ、繋ぎ直す行為の意味を問いかける作品だった。オークション対象作品としてではなく、来場者体験型の作品として本展示のメインを飾った。

イベントをやり遂げた本田は、こう語る。

「ロンドンには、年齢や性別、所属組織に関係なくひとりの人間として見てくれる社会背景があります。キャリアの未熟な私でも、情熱を持って行動を起こせばサポートして下さる方が多いことを今回改めて実感しました」

元々帰国子女だった事もあり語学力ではアドバンテージを持つ本田だが、キャリアをスタートしたばかりの時期は、幾度も壁にぶつかったという。しかし臆すること無く、年上の知識人やアーティストへも自らコンタクトを取ることを心掛けた。ロンドンで催されるアートイベントや業界の社交の場にも積極的に足を運び、顔を覚えてもらった。そうやって作り上げた人脈が、今回のイベントにも活きたという。

最後に、ロンドンで活動する理由を彼女に聞いた。

「ロンドンでは、ダイナミックに変化していく現代アートをリアルタイムで感じることができる。アートシーンを動かしている方々と実際にお会いし、直接学べることが 本当にエキサイティング。『美術史』が作られていく過程に自分が関われているという実感があります」

本田は国境を軽々と越え、様々なアートを自分独自の切り口でキュレーションしていく。 現在は、菌類図譜で知られる南方熊楠の作品を、現代アートを織り交ぜてロンドンで紹介する企画展の準備に取りかかっているという。また、スロヴェニア出身でパリ在住の盲目のフォトグラファーEvgen Bavcarの展示や、シベリア急行の走るロシアやモンゴルの地域にスポットを当てたアーティスト・イン・レジデンスのプロジェクトの構想も練っているそうだ。

今回のイベント「NOW&FUTURE: Japan」としての活動も継続していくという。

「イベント名の「FUTURE(未来)」には、単発のチャリティーとして終わらせるのではなく、5年先、10年先も継続的にイベントを行い支援を続けたいという想いを込めています」

これからもロンドンを舞台に彼女の挑戦は続く。

文:野出木彩