2012年1月に日本IDTの社長に就任した長谷川夕也氏

2012年1月16日、Integrated Device Technology(IDT)の日本法人である日本IDTのカントリーマネージャ(社長)に長谷川夕也氏が就任した。氏は1979年生まれの32歳。筆者の知る限り、ベンチャー企業ではない半導体ベンダの社長としては最年少の部類に位置する年齢だと思われる。そんな同氏にインタビューをする機会をいただいたので、その模様をお届けしたい。

新社長は入社10年目の生え抜き

--社長就任おめでとうございます。長谷川さんは2002年に日本IDTに入社して以来、一貫して日本IDTでキャリアを積まれてきた分けですが、生え抜きで社長就任というのは特に外資系では珍しいことですよね

確かにそうですね。私の入社時、IDTでは新卒を入れて生え抜きを育てるという方針を、IDTのDNAを持った人材を将来トップに据えるという目標の元、打ち出していました。

--能力のある人を外部から連れて来れば良い、というのが一般的なイメージですが、かなり違いますね

米国側でも人を育てるという、ある意味異色な文化があったようです。

--そういった意味では本社側からの期待も大きいのではないですか

そうだと感じています。日本IDTは私の入社した2002年からの10年間で7-8人ほどカントリーマネージャが変わるという状況でした。トップが変わるたびに方針が変わるわけで、長期的なパートナーシップを求める日本のカスタマからは歩調が合わせづらいという意見をもらっており、本社からも社長就任に際して、長期的なパートナーシップの構築への期待などを伝えられています。

--いきなり社長就任の打診があった、というわけではさすがにないと思いますが、その点はいかがだったのでしょう。まだ就任して一か月程度ですが、何か仕事の内容が変わった部分など出てきましたか

実は、私の就任直前の18カ月の間、欧州地域のカントリーマネージャが日本のカントリーマネージャを兼任しておりまして、彼が不在の時は誰かが日本地域のとりまとめしないといけない、という状況で、元々セールスマネージャであった私がそれを行え、ということになってましたので、実際のところ、大きく変わった、ということはないですね。

前述もしましたが、とにかく本社サイドからは安定できなかった日本のビジネスを安定化させて欲しいという要望が出ています。確かに、それを実現しなければカスタマとのプロジェクトもうまくいけませんが、社内のメンバーも方針がどこを向いているのかわからなく、混乱してしまいますからね。

--では、そのカスタマとのパートナーシップの構築に関してですが、どういった分野を特に重視していくのでしょうか

日本地域としては、コンシューマ市場への対応を注力していく方針で、ワイヤレスチャージャ製品ももうすぐ発表します(同製品は、3月12日米国時間に発表。今回のインタビューはそれ以前に実施された)。また、CMOSシリコンオシレータによる水晶製品の置き換えも狙っていきます。

IDTが注力する3つの市場分野と、そこに対してどういうデバイスを提供しているのかという図。この中で日本としては、Consumer Mobility分野に対する注力が進められている

--水晶関連製品は日本のベンダが強いわけですが、敢えてそこを攻めると

シリコンオシレータの市場だけでなく、水晶のオシレータの市場もターゲットとすることで、ターゲットとする市場規模の拡大を狙えます。我々としてはCMOSの発振器とMEMSの発振器の両方を持っており、タイミングソリューションとしてすべての分野に対応できる製品を提供できるのは我々だけ、という自負があります。水晶、CMOS、MEMS、それぞれに有利不利があり、それを熟知して提供できるのは我々だけです。特にCMOSは1ダイでの提供によるコストの抑制が可能なので、低コストながら信頼性要求の高いコンシューマ製品での適用を見込んでいます。

また、その後段にはPLLのクロックジェネレータがあるわけですが、こちらのシェアは高く、これらを組み合わせたソリューションの提供なども可能になるわけで、そうした意味では、タイミングソリューションのデパートと自らを呼んでおり、水晶製品の市場を獲得していくことが日本法人の1つの大きなミッションになっていると言えます。

Siデバイスによるタイミングソリューションの市場規模は12億ドル、一方、水晶デバイスによるタイミングソリューション市場は合計で25億ドル程度あり、その他の市場などと併せて、そうした市場へと侵食していくことで、同社製品が適用できる市場規模は2倍以上に膨れ上がることとなる

時代に応じてビジネスモデルも変わる

--IDT全体としても、ビジネスの変遷が激しいですよね。もうWinChipの名称でPC向けCPUを販売していた時代とか、知る人も少なくなったような気もします

よく覚えてますね(笑)。それは私が入社した当時の製品ですが、この10年で大きく会社全体が様変わりしました。今のCEOが2010年に就任したのですが、Analog Devices(ADI)やMaximなどを経由してきた人物で、そうした経緯からアナログ系の強化を進めており、全社としては「アナログ&デジタルカンパニー」を標ぼうしていますね。

--今、アナログ関連のエンジニアは世界中で不足していますが、IDTの戦略というのはどういうものでしょう

基本的な部分はほかのアナログ/ミクスドシグナル系半導体ベンダと変わらないと思います。アナログ技術の実力のある人や企業がある場所にデザインセンターを設置し、そういった人たちの経験を活用する、というものです。

年間2-3社のM&Aを進めており、それが企業の成長を促進させています。デザインセンターも全世界で11カ所あります。

残念ながら日本はまず売り上げ優先ですが、今後3年でQAサポート人員の強化や、各製品にぶら下がる形でのアプリケーションエンジニアの確保などをしたいと思っており、ゆくゆくは日本から世界に向けたチップ開発を実現するべく、デザインセンターの設置もできれば、という夢を持っています。QAに関してもしっかりとしたラボと開発部隊を持つことで、技術サポートの幅を広げられると思います。

現状、全社売上に占める10-15%の割合が日本市場の売り上げ規模です。日本はまだまだ技術力で世界を引っ張っていける地域だと思っています。そうした企業のサポートをしていくためにも本社サイドにいろいろと要求を出してまして、やはり日本人の感覚とかを入れたチップを日本のカスタマと作りたいという想いは強いですね。すでにディスクリート1つとっても、ただの部品という扱いではなく、カスタマのニーズを取り入れたインテリジェントなものでなければ差別化が難しい。そういう意味ではカスタマ側のアーキテクトと対等に話せるレベルの技術を熟知した人間と、デザイン部隊は欲しいわけです。

20/30代の力で日本の半導体業界を変えたい

--現在、かなり日本の半導体分野は苦しい状況に追い込まれているように見受けられます。そうした中、32歳という若さで社長に就任したというのは、ある意味、不思議な巡りあわせもあるように思えます

私自身、もともと、社長という仕事に憧れていて、そうした中、IDTに就職して、10年経って、そのポジションに到達したわけです。

どの分野でもそうだと思いますが、20代、30代の声がなかなか表に出せない状況が、若手に希望を与えられない1つの要因だと感じています。やはり、この年齢でこのポジションになれたという意味では、いろいろとメッセージを発して日本の半導体業界を変えて行きたいという想いはあります。

IDTの製造拠点/設計拠点とセールス拠点などの世界配置図。日本には残念ながら、まだデザインセンターがない。日本にデザインセンターを開設し、日本のカスタマと共同でニーズにあったチップの設計を行うことで、日本のものづくりの活性化を図りたい、というのが同氏の夢の1つ

--確かに、20代30代の日本人で半導体業界で頑張っている人は結構いるはずですが、なかなかこうした表舞台には出てきづらいとは感じますね

そうしたところを変えたいんですよ。それにはIDTという1企業だけでは無理だし、ましてや私1人では不可能です。20代、30代の人で、そうした想いがある人が皆で寄り添って、色々と意見を交わす、そういった草の根的な運動とかにも広げられたら良いですね。

--政治の世界ですと、大阪で維新の会が現在(2012年初頭)、中央政界含めて、かなりの勢いを持とうとしてますが、そういう新しい風を半導体業界に入れたい、と

半導体業界の維新の会ですか?、それはありだと思います。エルピーダの問題や、ルネサス エレクトロニクスと富士通、パナソニックの半導体事業を統合させる、といった話も出てますが、そこに業界の未来を創っていくはずの若手の意思がどこまで入っているのか。そういうのは考えますね。

よくIDTは「バイタルソリューションシッププロバイダ」であるということを言っています。プロセッサは人の体に例えると"脳"と言われます。また、センサは"手足"と言われます。ではタイミングソリューションは、というと"心臓"なんです。手足や脳、各種臓器に血液をリズムを刻んで送る。心臓が止まれば脳も手足も臓器も死んでしまいます。

心臓が送る血液の量が増えれば、ちょっとやそっと運動をしても息切れしないんですね。つまり、世の中の電子機器のパフォーマンスを向上させることができるし、それに伴って新しい周辺機能なども搭載できるようになる。タッチセンサなどはその典型例でしょう。

--そろそろお時間が来たようなので、何かこれを読んでくれた方々、多くはカスタマだったりだと思いますが、に対するメッセージがあれば

IDTはタイミングソリューションのデパートです。また、私が日本法人の社長に就任したということは、本社としても日本のカスタマと共同歩調を取り、長期的なリレーションシップの構築に対してコミットメントしたものととらえていただいてもらえればと思っています。

日本はこれまでコンシューマの部分が強いと言われてきましたが、それ以外の分野でも強いものが沢山あります。そうした分野を世界1位に引き上げるお手伝いをしたいと思っていますし、さきほど言った日本発のグリーンやエコロジーといったものをテーマにしたデバイスの提供に向けた取り組みも開始してますので、将来的には欧米やアジア地域に対し、日本で開発されたチップが販売されるというビジネスの構築に向けたデザイナーの確保なども目標にしたいと思っています。

2011年、日本は未曽有の天災により、大きなダメージを受けました。その傷跡から完全に立ち直るには少なくとも後1年は必要でしょう。我々としては、その間に、より多くのカスタマと意見交換や意思の疎通を図り、将来の新たな日本の電子業界の成長に向けた種まきの時期にしたいと思っています。そうした意味では、ぜひ、我々を頼ってもらいたいと思っています。

--長時間、ありがとうございました

インタビューを終えて

半導体ベンダの社長インタビュー、特に外資系だと、よくあるのが、あちこちの企業でキャリアを積み重ねてきた人物が、社長のオファーを受けて就任、というものだ。筆者も当初、今回の件に関してもそうしたイメージを持っていた。ところが、長谷川氏のバイオ(プロフィール)を受け取ってその考えが一気に覆された。

まず、正直言ってその"若さ"に驚いた。筆者がインタビューした、もしくはインタビューに立ち会った半導体ベンダの社長の中でも最も若い(筆者よりも年下、というのがそもそも初めてである)。

また、本文中でも触れたがベンチャーでない外資系で、生え抜きがそのまま社長に就任、ということにも驚いた。IDTという企業は、昔から、ある種面白い面を持っていたが、こうした部分でもそれを感じられた次第である。

そして、何よりもその熱い想いである。本文でも触れているが、日本の半導体は今、いろいろな面で苦境に立たされている。80年代にDRAMが産業の米と言われ、日本のシェアが1位になった時代はすでに太古の昔の話となり、今、デジタル家電などのアプリケーション分野でも世界シェアの低下が続く。しかし、それでもそうしたものづくりに携わる若手は多く存在する。そうした人たちも、これからの業界に対する想いは少なからず持っている。長谷川氏はそうしたグルグルと渦巻くモノを何とかしたいという想いを強調していた。しかし、それは1人ではできないということも承知しており、そうした意味では、肩書関係なしに、そういった想いの人たちが手弁当でも集まって、意見を交わして行ける場を作りたい、というのは理解できる。こうした想いが集まることで、将来の日本の半導体業界はどう変わっていくのか。筆者も業界に片足を突っ込んでいるものとして、注目していきたいと思えた。