現在公開中の映画『ベルセルク 黄金時代篇I 覇王の卵』。この作品は、世界で3,000万部を突破したファンタジーコミック『ベルセルク』を原作としたもので、主人公ガッツとグリフィスの運命の出会いから戦闘集団"鷹の団"の栄達、グリフィスの絶望、そして世界を一変させる「蝕」までが描かれた作品だ。

本作が注目を集めるのは原作の人気だけが理由ではない。なんと、2月の第一部「覇王の卵」の公開を皮切りに、第二部「ドルドレイ攻略」、第三部「降臨」を夏と冬に連続して公開する予定なのだ。わずか1年で3本の長編劇場作品を公開するという業界初の試みを可能にしたのは、世界でも最高峰のアニメーション技術を誇る「STUDIO4℃」。今回は、現在も第二部、第三部に向けて制作を続けている「STUDIO4℃」の代表・田中栄子氏に取材できる貴重な機会を得た。

「STUDIO4℃」代表の田中栄子氏

果たして「ベルセルク」の世界は再現可能なのか

過去に放送されたテレビシリーズ以降、映像化のオファーが絶えなかったというベルセルク。しかし、原作者・三浦建太郎と白泉社担当編集・島田明の心は簡単には動かなかった。そんな状況が動いたのは、2008年5月30日のこと。LUCENT PICTURESからの依頼でSTUDIO4℃が制作した70秒あまりのパイロット・ムービーがきっかけだった。このパイロット版は、映像技術的にベルセルクの世界観が表現可能なのかを検証するためのものだったという。

検証しなければならない点はいくつもあった。1つ目は、甲冑のような固いものの質感を線で表現できるかという点だ。しかもそれだけの絵を10万枚以上描くのは相当レベルの高い作家でないと難しい。また、1枚描けてもそれを動かすことができるかを確認しなければならなかった。もちろん映画化されれば喜ばしいこと、しかし「安請け合いはできない」(田中氏)と慎重に検証はなされた。

甲冑のような固い質感を線で表現するのはプロでも難しいそうだ

2つ目は、表情や髪など繊細な絵のフェイシングを限られた予算の中で実現できるかということ。繊細な表現は2D技術で、甲冑のような固さの表現は3D技術で描かなければならず、さらにそれらを合成しなければならないのだ。3つ目は残虐さの表現。人間が斬り合う迫力や、血しぶきをリアルに表現できるかということ。そして4つ目は、馬の合戦の表現だったそうだ。

2Dと3Dの合成には通常の2倍ほどの工数を要する

まずは世界観の再構築から

OKが出た直後から制作は始まった。まず取りかからなければならないのは、構成とシナリオだ。漫画がスタートした当時はインターネットがなかったため、十分な素材がそろっていなかった。そのため、原作の世界観を残しながらも城や甲冑のデザイン、ロケーションの設定などをリサーチし直す必要があった。アニメーション化できるもの、STUDIO4℃として実現したいものを提案し、三浦氏に承認してもらいながら制作は進んでいったという。特にシナリオについては細かな擦り合わせをしながら進行していった。当時の戦争のあり方、鷹の団に入団するエピソードなどを、劇場ならではの描き方、さらに緻密に、詳しく、決して逃げない切り口を模索していった。

主人公ガッツとグリフィスの設定画

城や甲冑のデザイン、ロケーション設定などのリサーチが綿密に行われた

実は当初、異なるシリーズを作る予定でパイロットムービーを作っていたそうだ。シリーズの中でも黄金時代を制作することになったのは、映像化が決定した後だった。テレビで丁寧に機微を伝えていくべき作品なのか、劇場で見せるべき作品なのか。脚本を担当する大河内一楼氏の「黄金時代を2時間半1本でやりましょう」というかけ声で黄金時代篇に決まった。これが2008年7月のことだそうだ。その後、8月にフランスへロケハンに行き、要塞や甲冑をリサーチした。ここまででお分かりの通り、本作は原作をそのまま絵に起こしただけではない。原作をもとにした世界観の再構築から綿密に行われていったのだ。絵コンテが上がり始めてきた。第一部オープニング前の攻城戦がものすごく長くなり、尺が伸びてきた。丁寧に描いているうちに、2009年夏に絵コンテが完成する予定だったのが、年末になった。そして、窪岡監督による絵コンテの確認にさらに一年半を要した。2011年も半分を終わろうとしているころ、やっと蝕の絵コンテの制作に着手。この時点ではすでに「2時間半1本」というプランはなくなり、長編映画を3部作に分けることが決まっていたのだ。

「2時間半1本」の予定が絵コンテはしだいに厚みを増していった

第一部から第三部まで、制作に携わっているのクリエイターの人数はのべ400~500人にものぼるという。STUDIO4℃社内にはベルセルクの世界観を作る中心的なメンバーを据えている。作画監督は当初、キャラクターデザイン・総作家監督の恩田尚之氏がひとりで行っていたが、最近では、恩田氏の作画の癖も含めて描けるスタッフが育ってきているという。絵コンテと同時に、甲冑や小道具などアイテムの設定が上がってくる。実際に甲冑を作っている職人、また西洋甲冑愛好会の日本支部に行き、金具の止め方など細かいつくりについてリサーチした。美術設定には映画『東のエデン』、『いばらの王』の美術監督なども名を連ね、約6名の体制で行っている。監督の窪岡俊之氏は、本作が初映画監督作品。OVA『バットマン・ゴッサムナイト』の第五話で、人間の心情や作品のテーマを伝えることが得意なことを田中氏が知り、今回抜擢されたのだ。

STUDIO4℃制作現場の風景

題材としても、そして制作手法としても困難を極める本作だが、特に苦労したのは2Dと3Dの合成だったという。トータルで5000カットを描き、さらに合成するために通常の2倍の工数がかかっている。STUDIO4℃は『MEMORIES』の頃から、先駆的に3Dアニメーションに試みてきたが、キャラクターアニメーションの3Dは今回初めての挑戦だった。前作まで使われていたソフトウェアは社外のパートナーとのコラボレーションできる仕様ではなかったため、今回のような大作には向かなかった。そこで今作では、XSI(Softimage)を採用。ST4と呼んでいるプラグインの開発可能な点が魅力的だったそうだ。

STUDIO4℃は先駆的に3Dアニメーションに取り組んで来た

田中氏おすすめの見どころは、3Dを含めたハイブリッドな作り、そしてゾッドとの戦いのシーンだそうだ。また、ユリウス邸での暗殺シーンの隙のない演出。主人公ガッツとグリフィスが友情を語るベランダのシーン。また作品全体として、音楽と効果音・映像の相性にも注目してほしいそうだ。

ゾッドとの戦いのシーンが好き、と語る田中氏。右はゾッドとグリフィスのフィギュア

『ベルセルク 黄金時代篇』の貴重な資料