【インタビュー】

平野友康×竹中直純対談 -『ソーシャルメディアの夜明け』で語りたかった事とは

Ustreamを使った坂本龍一氏のライブ中継やWeb上のフリースクール「ウェブコンポーザー学校」、そして東日本大震災・被災者支援プロジェクト「Kizunaworld.org」の発起人でもあるデジタルステージ代表・平野友康氏が書籍『ソーシャルメディアの夜明け』を執筆。「今だから本という形で残しておきたいこと」があったと語る平野氏に、その背景を伺った。

インタビューには新しい本の読み方として提案する「書籍++」プロジェクトに協力したBCCKS代表取締役 竹中直純氏も参加。平野氏曰く「ずっと竹中さんと仕事がしたいと思っていた」そうで、ふたりが考える電子書籍のあり方についても話が拡がるユニークな対談となった。この対談を3回に分けて紹介。まずは、『ソーシャルメディアの夜明け』誕生のきっかけから聞いていこう。

デジタルステージ代表・平野友康氏

――今回の本では、平野さんが2010年から言われている「ソーシャルメディアの夜明け」という言葉がそのままタイトルになっています。この本を書こうと思ったきっかけは何でしょうか。

平野:スタート時に考えていたのは、"ここ1年半くらいで経験したことを本にまとめたい"ということでした。ソーシャルメディアっぽいものが生まれてからたくさんの貴重な体験をさせてもらって、そこで出会えた人たちの物語というか、僕の心に深く刺さった何気ない一言を紡いで本にしてみたいと思ったんです。

でも、それはソーシャルメディアの空気感や可能性、土壌があった上でのドラマなので、いきなり本編を書いても僕の言いたいことが伝わらない。それに、書店に並ぶ"ソーシャルメディア本"で理屈抜きでワクワクするような部分を説明している本って意外と見当たらないんですよ。どうしても論理立ててソーシャルメディアの未来論を語るものばかりで。

それなら僕がやろうかなって。きっと2~3年後には当たり前になって書けなくなってしまうから。だから(『ソーシャルメディアの夜明け』は)本編に入る前の"前説明"的な本なんです。色んな人たちのドラマの前に、今の感覚で言葉にできないことを書き記したのが『ソーシャルメディアの夜明け』です。

BCCKS代表取締役 竹中直純氏

竹中:こうやって執筆の経緯を聞いていると、1995年にMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ所長だったニコラス・ネグロポンテが『Being Digital』を執筆した時と似てますね。あの本は彼自身がメディアラボでやってきたことを数値や数式をなるべく使わず、一般に向けた分かり易い本として執筆していたんですよ。

そう考えると当時のデジタルメディアと現在のソーシャルメディアの関係は似ている部分がありそうです。さしずめ『ソーシャルネットワークの夜明け』は「ビーイング・ソーシャル」と言えるのかもしれません。

平野:そういえば僕もこの本の執筆中に昔読んだ本に少し感化されたことがありました。それは『デジタル遊牧民 : サイバーエイジのライフスタイル』という本なんですが、これもインターネットがまだ普及していない時代に想像力でこれからこうなるってことが書いてあるんです。"普遍的なもの"はここにあるんじゃないかと、今の自分の役に立ったんです。時代は一巡していますが、当時は"デジタルノマド"が新しい言葉であり、概念でした。それが"今のソーシャルメディアで世の中が変わるかも"と感じていることによく似ているんですよね。

――平野さんもソーシャルメディア上でいろいろな発言をされているわけですが、それを本に落とし込む作業はいかがでしたか?

平野:それが意外と面倒な作業でした(笑)。ワクワクすることって口頭だとフィーリングで納得させることができるんですが、紙の上ではそれがまったくできません。普段話すことをそのまま紙に書いて、読み返してみたら「何言ってんだコイツ!?」と熱がまったく伝わらないことに自分でビックリしましたよ。それに読み手として個人一人ひとりの顔を思い描いて書いているので、マーケティング的な話に引きずられないようにするのが大変でした。

――とはいえ、ソーシャルメディア関連本の多くが"新たなマーケティングの場所"を軸に話を進めていますよね。

平野:そうそう。だから「ソーシャルメディアでご飯が食べられる」ということを僕自身が本当に納得したエピソードで綴っても、読者からは「お金が稼げます」みたいなニュアンスに読めてしまい、僕自身も読み返して「なんだ、僕はこんな本を書きたかったわけじゃない! 」って思ったんですよ。だからこの部分はリアルに役立つか、あるいは胡散臭いかのスレスレの境目で、似て非なるものというか……。会社という組織が、今後ソーシャルメディアによってどう変わっていくかに興味があるので少し触れていますが、それも「個人にとって、会社をどうやって活用すればいいか」という話なんです。

いわゆるマスマーケット的な話だったり、人を"○○層"に分けてよしとするような話ではなくて、(ソーシャルメディアを上手く活用することが)自分の生き方を変えるチャンスかもしれない、ということを繰り返し言っています。

――本の中では「次に何が来るか病」という言葉も出てきますね。

平野:「Facebookって次来るの? 」って言う人に対して、僕は「なんて変なことを言うんだろう? 」と言いたい。次に何が来るかどうかなんて自分にはまったく関係のないことなのにそれを知りたがる。この漠然とした発想そのものが悪い意味で広告的というかマスマーケティング的な古い発想で、生き方にはあまり関係がないんですよ。

とはいえ、ソーシャルメディアで何かしようとする人たちは僕も含めてそこに陥りがちです。直感では評論することの無意味さが分かっていても、世の中の98% はマス的(評論的)な思考ばかりだから、最初の閃きがどんなに素晴らしくても、育てていく段階で汚れてしまう。自分で気がつかないうちに、自分自身のアイディアをダメにしてしまうんです。それって本当にもったいない。少し過激な言い方になりますが、マスに洗脳された僕らの評論癖は意識的に憎んで、無くしていかなければならないと強く感じています。だからこそ、同じ違和感を持っている人が読んだときに、"(打開のための)ヒントが詰まっている本"と思ってもらえたら嬉しいですね。

竹中:デジタルメディアで言うと「OS」という概念がホビー層の日本人に入ってきたのが23~24年前で、それまであまり抽象化されていなかったという事例に似ていますよね。つまりパソコンやマイコンとは別にOSというものがあって、それによって読む/書くという活動がアンプリファイされることが初めて起きたんです。でも今やiPadやiPhone、Androidとデバイスの種類はあってもiOSやWindows Mobileなんてあまり気にしなくなっています。ある意味"OSが溶けていっている"。すなわち概念としてのOSは20年かかって生まれて死んでいっている状況と言えるのではないでしょうか。

ソーシャルメディアには、OSのように"概念的に輪廻するもの"と"絶対的に必要なもの"のふたつが入っています。数年後にはソーシャルメディアはどんどん溶けていってしまって当たり前になり、その上で何をするかという議論だけが残っていくのかもしれないですね。



インターネットが到来した90年代と今、再び同じ思考を持ったムーブメントが起きようとしていると語る平野氏と竹中氏。FacebookやTwitterといったソーシャルメディアは確かに日常に近づいている。

それを体現するかのように『ソーシャルメディアの夜明け』の制作過程では、FacebookやUstreamを使ったさまざまな実験が行われた。次回は、その過程で見えた" 新しい本の形"について聞いていこう。

撮影:石井健

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