宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月10日、筑波宇宙センター(茨城県つくば市)において第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)と小型実証衛星4型「SDS-4」をプレス向けに公開した。「しずく」は2012年度に打ち上げられる予定の人工衛星で、「SDS-4」はその相乗り衛星。

「しずく」は地球の水を観測する衛星

「しずく」は、重量約2tの地球観測衛星。高度700kmの太陽同期軌道に投入され、地球を南北に100分ほどで1周する。開発費は180億円で、設計寿命は5年。

大きなアンテナが乗った変わった構造をしている。下が地球側で手前が進行方向になる。説明しているのは中川敬三GCOMプロジェクトマネージャ

名称は、「第一期水循環変動観測衛星」(GCOM-W1)という、ちょっと長いものになっているが、これは地球上における水循環メカニズムを観測する衛星の1号機であるという意味だ。水循環を観測するGCOM-Wシリーズのほか、気候変動を観測するGCOM-Cシリーズもあり、それぞれ3機を打ち上げて10年以上の長期観測を行う計画となっている。

「しずく」はマイクロ波を使って水を観測する。「高性能マイクロ波放射計2」(AMSR2)という、直径2mの大きなアンテナを装備しており、6つの周波数帯のマイクロ波を観測することで、降水量、海面水温、積雪量、土壌水分量など8つの物理量を推測できる。マイクロ波は水分子が自発的に出しているため、地球の夜側でも昼側でも同じように観測することが可能だ。

「しずく」はGCOM-Wの1号機であるが、センサの位置付けとしては、観測衛星「みどりII」に搭載した「AMSR」やNASAの観測衛星「Aqua」に搭載した「AMSR-E」の後継ということになる。AMSR2は、AMSR-Eに比べ、アンテナが1.6mから2.0mに大口径化して、観測の地上分解能が向上。また校正用に搭載する装置も改良されており、精度が増したという。

AMSR2のアンテナは、1.5秒で1周という速度(40rpm)で回転。地上の広い範囲を一度に観測することが可能なため(幅1,450km)、わずか2日で全球観測を終えることができる。アンテナは回転しているため、地球の反対側を向いているときは観測していないが、このときはセンサが高温校正源(約300K)と宇宙背景放射(約3K)を計測して、誤差を校正する仕組みだ。

第一期水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W1)。太陽電池パドルは射場で取り付けるので、ここでは外されている

「しずく」のミッション部。「高性能マイクロ波放射計2」(AMSR2)というセンサが搭載されている

AMSR2のセンサ部分。アンテナや中央のリングは回転するが、リング上の小さな箱(高温校正源)は固定

アンテナの反対側(写真手前)には、AMSR2の制御ユニットがある。制御ユニットがあるのが地球側だ

金色は断熱材(MLI)だが、良く見ると衛星本体とAMSR2で色が若干異なる。これは製造メーカーが違うため(本体部分はNEC、AMSR2は三菱電機が担当)

外からはスラスタが一切見えないが、下面のリングの内側に12基すべてが搭載されている。推進系はIHIエアロスペースが担当

打ち上げ時期については、他の相乗り衛星側の遅れのため、当初予定の2011年度から2012年度へと延期されているが、詳しい日程については未公表。AMSR-Eが昨年10月に観測を停止しており、現状、観測態勢に空白期間が生じてしまっているが、中川敬三GCOMプロジェクトマネージャは「なるべく早く、夏期までには打ち上げたい」とコメントした。

日程はともかく、打ち上げ時刻については、衛星を投入する軌道の都合により、深夜(大体1時半の近辺)になることが分かっている。これは、「A-Train」というNASA主導の衛星群に参加するためだ。A-Trainの衛星は現在、Aquaを先頭に4機の衛星が編隊を組んで飛行しており、「しずく」は先頭に入る予定。このようにすることで、ほぼ同時(10分以内)に同じ場所を複数の衛星で観測することが可能になるのだ。

SDS-4は4つの実験を行う技術実証機

「SDS(Small Demonstration Satellite)-4」は、大きさ50cm角、重さ50kgの超小型衛星。技術実証を目的とした工学実験機である。

SDS-4のスペック。超小型衛星ながら姿勢制御はリアクションホイールによる3軸制御となっている

軌道上で太陽電池パネルを展開する。これで約120Wの発生電力を得ることができる

「最先端技術」が使われていると思われがちな人工衛星であるが、大型衛星の開発には数百億円という大きなコストがかかるために、実績や信頼性を重視。特にバス機器と呼ばれる衛星の土台部分のコンポーネントでは、リスクを極力避け、いわゆる"枯れた技術"を採用する傾向が強い。

しかし、それでは「宇宙での実績がないから使われない」「衛星で使われないから実績ができない」というニワトリとタマゴ状態。いつまでたっても、最新の民生技術を活用することができない。

SDSシリーズは、そういった新技術を実証するための衛星。小型のため、低コスト・短期間での開発が可能であり、新技術を早く試すことができる。SDS-4の開発費は4億2,000万円、2年間で設計から製造・試験まで終えることができた。また、運用まで含めたこうした一連の作業をメーカー任せにせず、JAXAの若手職員が中心となってやることで、人材育成の効果も期待される。

装置の取り付けや各種試験なども、JAXAの若手職員が自ら行ったという

初号機である「SDS-1」は2009年1月に、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」の相乗り衛星として、H-IIAロケット15号機で打ち上げられた。SDS-2と3は概念設計どまりで実際の開発には進まなかったため、SDS-4がシリーズとしては2機目ということになる。

SDS-4が行う実験は以下の4つ。

  • 衛星搭載船舶自動識別実験(SPAISE)
  • 平板型ヒートパイプの軌道上性能評価(FOX)
  • THERMEを用いた熱制御材実証実験(IST)
  • 水晶発振式微小天秤(QCM)

船舶には、船名・積み荷・現在地・目的地などを送信する船舶自動識別装置(AIS)が搭載されているが、地上局で受信しているため、陸地から遠く離れた船舶の情報を得ることはできなかった。SPAISEでは、この受信システムを搭載し、軌道上からどのような信号が得られるのか、将来のための知見を得る。

衛星内部では、装置で発生した熱を外部に逃がすために、ヒートパイプを使うことがある。通常、この形は細長いチューブ状であるが、狭いところで使うために、平らなヒートパイプ(FHP)を開発。無重力環境での特性は宇宙で実験しないと最終的には分からないため、FOXでこれを試す。

人工衛星の表面は、高温や低温から内部の機器を保護するために、金色や黒色の多層断熱材(MLI)で覆われている。ISTでは、フランス国立宇宙研究センター(CNES)が開発した「THERME」という新素材を搭載し、軌道上でどう劣化するかデータを取得する。

人工衛星の製造や試験はクリーンルーム内で行われ、射場への運搬や射場での作業においても、コンタミ(ガスやチリなど)が付着しないよう環境は管理されている。QCMは、コンタミが付着すると周波数が変わるようになっており、打ち上げまでや、打ち上げてからどのくらいコンタミが付着するのか、データを取得する。

小型実証衛星4型「SDS-4」。側面の太陽電池パネルは畳まれた状態だ。銀色の部分は放熱用の銀蒸着テフロン

ISTは上面の中央に貼られている。右側の2枚(白色)がTHERMEで、左側の2枚(金色)はJAXAの熱制御材(断熱材)とのこと

QCMはこの場所に取り付けられている。どのくらいコンタミが付くのか、じつはデータがあまりないという

SDS-4に搭載されたバス機器(左上のリアクションホイール以外)。民生技術を多く活用しているのが特徴だ

この小型リアクションホイールは、JAXAと三菱プレシジョンが共同開発しているもの。残念ながらSDS-4への搭載は間に合わなかった

この小型モニターカメラのセンサは、銀行のATMで使われているものと同じとか。太陽電池パネルの展開を確認するのが目的だが、地球も見たい