現在、FA機器向けネットワークプロトコルとしては、従来の各社独自のプロトコルのほか、IEEE802.3ベースの複数の汎用プロトコルが用いられており、日本独自の規格としてもCC-Link、FL-netなどがあるが、近年、ネットワーク制御の高速化や安定化などを目指し、Ethernetベースのプロトコルで接続しようという動きが高まってきている。

こうした産業用Ethernetは、すでに複数のプロトコルが存在しており、その中の1つに100MbpsのEthernetをベースにしたオープン規格のネットワークプロトコル「EtherCAT」がある。現在、EtherCATはさまざまな産業界の主要ユーザー企業と主要的なFA機器ベンダなどが「EtherCAT Technology Group(ETG)」として技術のサポート、プロモーションなどを展開しているが、このEtherCATのプロトコルを開発したのが独Beckhoffである。同社は2011年3月に神奈川県横浜市に日本法人「ベッコフオートメーション」を設立し、日本での本格的な販売活動およびカスタマへのサービス・サポート業務を開始した。今回、同社の代表取締役社長である川野俊充氏に話を聞く機会をいただいたので、同社が目指すところなどをお伝えしたい。

ベッコフの特長はEtherCATを提唱したところだけではない。その最たるものが、PCアーキテクチャによるFA制御(PC制御)を専業としている点である。従来、PLCやマシンコントロール(MC)などでは、その応答性や耐環境性などの観点からASICを機器ベンダが自社で調達し、それを搭載していた。しかし、プロセスの微細化が進んだ結果、ASICの設計・製造には莫大なコストが生じるようになり、少量品種への適用には見合わなくなった。もちろん、枯れたプロセスを用いることでコストを抑制することは可能だが、そうなれば性能は当然、先端プロセスのものに比べれば劣ることとなる。一方、PCアーキテクチャはムーアの法則に従いプロセスの微細化を進め、年々性能を向上させてきており、すでに4コアや6コアなどマルチコア化も当たり前の世界となり、コンシューマ分野向けに大量に製品を提供していることで、価格も低く抑えることができている。また、組み込み用途向けなどにも製品を提供しており、耐環境性なども申し分ないということで、同社は2011年で創業およそ30年、PCアーキテクチャを採用して25年という、FA機器向けPC制御装置としてはかなりの老舗に位置づけられる。ちなみに初代の1986年に提供を開始した時は386ベースのDOS機が販売されていたそうだ。工業製品なので、CPUが発表された直近で、そのCPUを搭載された製品が登場することはなかなか難しいが、代わりに「ドイツ企業ということで、様々な試験をマニアックと言われるレベルにまで試験している」(川野氏)とのことで、第2世代Coreシリーズなども試験を終え、もうすぐ提供できる見込みとしている。

ベッコフが提供するPCアーキテクチャベースの各種制御機器の実際の写真。右はDINレールマウントありの組み込みPC

ベッコフが提供する主な製品群

PC制御の利点は、性能やコストパフォーマンスだけでなく、PCと同じ環境なので、プログラミングを用途に応じて選択可能だったり、システムの統合や柔軟性の確保がしやすいというものもある。特にマルチコア化が進んだことにより、例えば4コアCPUの各CPUごとにPLCやMC、画像解析、HMI(Human Machine Interface)などの機能を、どのタイミングで、何を実行するか、といったことを柔軟に設計することが可能となる。ちなみに同社のラインアップとしては、一般的な工業用PCのほか、I/O制御、モーションコントロール、そして「TwinCAT」に代表されるソフトウェアPLCなどで、いずれもPCアーキテクチャをベースとした製品でEtherCATに対応している。

PCベースのアーキテクチャのため、マルチコアそれぞれに別々の機能を割り当てたり、各種機能に対応したさまざまな開発言語を活用することができる

EtherCATの利点はオープン規格であるということもあるが、最たる点は多チャネルのI/OとMCをマイクロ秒のサイクルで動作が可能な高速フィールドバスという点や、ノード間ジッタがナノ秒オーダという同期性能といったところにある。Ethernetベースの規格は多数あるわけだが、EtherCATがどうやってこれを実現しているか。簡単に述べると、マスタから送出されたフレームが(リング型のトポロジにて)ネットワークを一周する間に全ノードのデータ読み書きが終わるためである。また、高い同期性能の実現は、冗長性を持たせた2つのネットワーク上のデータの行きと帰りを比較して、差分を計測し、その結果をクロックタイミングに反映させることでズレを抑制することにより実現している。このため、ノード数が増えても性能に影響を与えることなく、高速な通信を確保することが可能で、最大65536個のスレーブまで理論的には接続可能、同社でも1万ノードのテストシステムにて、性能が確保できることを実証している。

ベッコフが実際に行った1万ノードの接続実験の様子(左)とEtherCATの概要

川野氏は「すべてのものづくりは、どこかで転換点がやってくる」と指摘する。例えばレコードからCDへ、携帯電話からスマートフォンへ、そしてガソリン自動車から電気自動車へと、アプリケーションそのものも移り変わってきており、製造スタイルもそれに合わせたものが求められるようになってきている。Ethernetベースのネットワークの活用も、そうしたスタイルの変化に対する答えの1つだろう。ETGは2003年に欧州のメーカーを中心に結成されたが、現在ではグローバルで1850社以上が参加し、日本からも約200社が参加する規模にまで成長を果たしており、年率30%の割合で参加企業数も増加しているという。

同社としても、こうしたETGへの参加企業の増加は歓迎しており、より標準的なネットワーク環境としてすそ野が広がれば、自社もその中の選択肢の1つとして選ばれる可能性がでてくるとしており、こうしたEtherCATを採用する企業が増加する中での存在感を増すための手段の1つとして、2011年11月にTwinCATをマルチコアに対応させた「TwinCAT 3」を発表している。同ソフトは、マルチコア対応のみならず、Visual Studioの中にすべての開発を統合することで、プログラム開発における現在の標準に近い環境を構築し、従来以上の開発のしやすさを実現したものとなっている。

また、2012年1月には日本語化も決定したTwinCAT 3を発売するほか、モータやレゾルバとターミナルの直結が可能でコンパクト設計が可能となるサーボモータEtherCATターミナルシリーズの提供も予定している。

TwinCAT 3によりマルチコアへの機能割り当てなどが可能となった

なお、同社は2003年のEtherCATの発表以降、年率30%程度で売り上げ規模を拡大してきており(2009年はリーマンショックの影響で、マイナス成長となったが)、2011年も同程度の成長を見込んでいる。また、日本市場についても「2012年はグローバルの成長率を超えるものにしたい」(同)と意気込みを見せており、そのために「日本のカスタマが求めるニーズのために、我々が何をできるかが基本で、それをやっていけば、自ずと結果はついてくる。人員の拡大なども今後も進めていく計画であり、よりよいものづくりの実現に向けた手助けを様々な側面から推し進めていきたい」(同)と、ものづくりの現場における課題をPC制御を活用して解決していくことで、カスタマの成長を手助けしていくことを第一として活動していくことを強調してくれた。

2012年1月に発売予定のモータやレゾルバとターミナルの直結が可能でコンパクト設計が可能となるサーボモータEtherCATターミナルシリーズの概要