日本マイクロソフトは、9月28日~29日の2日間にわたって企業向けに自社製品の最新技術をプレゼンテーションする「The Microsoft Conference 2011」を開催した。初日の基調講演では、代表執行役社長の樋口泰行氏が登壇し、日本企業を取り巻く厳しい経営環境の改善にITが貢献できると説明した。

The Microsoft Conference 2011

日本企業の経営近代化にITが貢献する

今は、日本だけではなく世界経済そのものがリーマンショック以来の危機を迎えている。ギリシャの債務問題を抱える欧州が深刻な状態であることに加え、米国やこれまで比較的好調だった新興国の景気減速がグローバルな市場に悲観的な印象を与えている。こうした世界情勢に対し、日本の市場も震災の影響による電力問題、かつてない円高、政局の不安定化による経済政策の迷走など多くの問題を抱えている。

日本の経営戦略上の課題

日本企業の経営環境はこうした厳しい環境にあるにもかかわらず、近代化が遅れていると樋口社長は指摘する。言語や地政学的な要素もあり、日本は他の先進諸国と直接の競争や比較にさらされることが少なく、効率化のベンチマークを怠りがちである。その結果、グローバルな視点や戦略が欠如しており、ビジネス面でも草食化と呼べるような戦闘意欲の低下が課題であると述べ、経営の近代化によってグローバルな競争力を高めると同時に、日本の持ち味を出すことが重要であると語った。

経営の近代化のためには、変化が激しいビジネス環境に耐えられる柔軟性のあるITを導入しなければならない。オープンで柔軟な技術を導入することが、結果的にコスト削減にもつながる。運用、開発、既存資産の連動という点でMicrosoftの製品が持つ総合力が貢献するだろうと日本マイクロソフトは説明する。

マイクロソフトの総合力

台頭する周辺諸国との競争に打ち勝つためにもITへの「適切な」投資は避けて通れない経営課題だろう。

デバイスとクラウド連携

続いて、先日KDDIより発売されたWindows Phone 7.5端末である「Windows Phone IS12T」が紹介された。具体的な販売台数の言及はなかったが、法人からも多くの問い合わせがあるらしく、ビジネス用途での採用も期待されている。日本マイクロソフトでも全社員への配布が終了し、自分たちのビジネスでも実用しているという。

Windows Phone 7
Windows Phone IS12T

スマートフォンには小さなPCとしての役割が期待されていることも否定しないと前置きしつつ、しかしWindows Phone 7.5端末は電話やメール、あるいはソーシャルといったコミュニケーションを重視していると強調していた。現代では実名と匿名のコミュニケーションが混在するが、これまではコミュニケーション方法によってアプリケーションが分散していたが、Windows Phone 7ではコミュニケーションを統合し一元化する、人を中心とした操作を提供。クラウドを意識しないでネットワークを介したデータ連携など、クラウドサービスとの親和性も強調する。

また、Windows Phone 7に採用された新しいUIである「Metro」についても紹介された。世界各国の地下鉄の案内板を参考に作られたというシンプルで直観的な新しいUIは、従来のスマートフォンとも大きく異なる体験を提供する。

Metroの使い勝手は、すでに販売されているIS12Tを使ってみることが一番わかりやすいだろう。このMitro UIは開発中のWindows 8でも搭載される予定であり、今後のMicrosoftの顔になっていくだろうと業務執行役員の横井伸好氏は語る。

クラウドへのシフト

ここ数年Microsoftは「Windows Server 2008 R2」で提供されているHyper-Vを中心とした仮想化技術とWindows Azureに大きな投資を行っている。現在もMicrosoftの多くの技術スタッフが、これらの製品に関連したクラウドの開発に関わっている。クラウドによるサービスの運用は規模が大きくなるほどコスト削減に効果があり、Microsoftの予想によれば2015年にはクラウドで動作するアプリケーションが、オンプレミスで運用されるアプリケーションを上回るという。米本社の資料のようなのでグローバル市場全体での予測と思われる。

クラウドで提供されるサービスには、Officeなどのソフトウェアをネットワーク経由で提供する SaaS(Software as a Service)、ASP.NETなどのアプリケーション実行環境を提供するPaaS(Platform as a Service)、仮想化されたハードウェアを提供するIaaS(Infrastructure as a Service)という3層に分けられる。

SaaSとOffice 365

SaaSに該当する製品では「Office 365」を強力なクラウドサービスとして例に挙げた。

Office 365

Officeという名前を持つが、単にドキュメントをブラウザで編集できるというだけではなく、グループウェアに必要とされるすべての機能がクラウドサービスとして提供される。クラウドで提供させるサービスなので専用のサーバーやソフトウェアを用意する必要はなく、場所やデバイスを問わずに多様な環境から作業できる。

Office 365

震災復興支援としても活用されており、現場ではExcelの表計算機能が重宝されているようだ。具体的な説明はなかったが、おそらく避難所にいる被災者や支援物資の管理に使われているのだろう。

PaaS と Windows Azure

PaaSに該当する製品ではWindows Azureが紹介された。Windows Azureはメンテナンスフリーなアプリケーションプラットフォームとして利用でき、開発者はアプリケーションをVisual Studioから配置するだけで、Azure上でホストが起動して実行される仕組みだ。オンプレミスのサービスと連動させ、既存資産を活用する機能も提供されている。

Windows Azure Platform

震災時に文部科学省のWebサイトで放射線量マップを公開したところアクセスが集中し繋がりにくい状態が続いた。この時、日本マイクロソフトが協力を申し出てWindows Azure上でデータをホストし、世界中からの膨大なトラフィックにも対応した。このページは、今もWindows Azure上でホストされている。

文部科学省 東京都の環境放射能水準

このシステムは震災直後の混乱期にわずか一日で構築されたもので、サーバーを設定する時間は数分だったと紹介した。

ただし、ドメインから想像するに、単に静的なHTMLファイルと画像をBLOBと呼ばれるAzureストレージに配置しているだけで、サービスとして丁寧に設計されたアプリケーションをホストしているわけではなさそうだ。Azureにすれば開発が簡単になるというわけではないので、読者の皆様には、あまり日本マイクロソフトの武勇伝を真に受けて現場の開発者に無理難題を強要しないよう、お願いしたい。 IaaSとHyper-V

最後のIaaS層に関してはHyper-Vによる仮想化でサーバーを集約し、自社のプライベートクラウドを構築する事例が紹介された。仮想化と集中管理による具体的な効果の例として、週末の負荷が少ない時間は稼働サーバーを少なくすることで電力消費を抑えコストを削減できることをデモンストレーションしてみせた。仮想化が進むと管理が複雑化するため、System Center 2012 を用いて、クラウドの導入を進めると同時に管理を自動化することも重要だという。

Hyper-V
System Center

このようなサーバーを集約した自社クラウドを導入できるのは大企業のみだろう。

多くの中小企業にとってはAmazon EC2のような、パブリックなネットワークを経由してハードウェア資源を要求し、自由にOSやアプリケーションをインストールできるサービスの提供が望まれる。この分野においてはWindows Azure の VMロールがあるのだが、この基調講演では言及されなかった。

マイクロソフトの総合力とは

クラウドの重要性が増すごとに、既存のソフトウェア資産との連動や、負担の少ない計画的かつ段階的な移行が求められるだろう。Microsoftが提供する多くのクラウドサービスはオンプレミスで運用されている既存の資産との連続性を確保しており、必要に応じてオンプレミスでの運用とパブリックなクラウドサービスを切り替えられるよう、工夫されている。

先の震災で多くの企業が体験したように、事業の継続性を高めるにはデータ保護や電源の確保が不可欠である。また、電力問題で実際に行動した企業も多いが、災害対策のために自社機能を地方に分散することも検討課題となっている。この場合も、情報共有インフラや時間や場所にとらわれない社員同士のコミュニケーション方法などが求められる。

日本マイクロソフトは、OSからクラウドまでの各層に技術を持つ同社の総合力が、デバイス、オンプレミス、クラウドサービスをシームレスに接続させ、競争力や事業継続性を高められると主張する。企業向け製品では、今も強い影響力を持つMicrosoftだが、ここ数年はiOSやAndroidを中心とした、新しいデバイスの台頭に苦慮している。当面はWindows Phone 7とWindows 8の展開を様子見する企業も多いと予想されるため、これらの製品が消費者によって支持されるかどうか、重要な局面が続きそうだ。