Ultra Low Power(ULP)無線接続ソリューションである「ANT/ANT+」のチップなどを提供するNordic Semiconductor。同社はBluetooth v4.0の最大の特長であるBluetooth Low Energy(Bluetooth LE/BLE)のライブラリの策定をNokiaと行うなど、自社の持つ低消費電力技術を活用したさまざまな無線通信プロトコルへの対応を進めている。同社のBusiness Development Manager PAN,SPORT-WELLNESS-WATCHのThomas Soderholm氏とAsia Pacific部門のDirector Sales&MarketingであるStale"Steel"Ytterdal氏にANT/ANT+の現在の動きと、BLEの将来性について話を聞いた。

左から日本カントリーマネージャーの山崎光男氏、Asia Pacific部門のDirector Sales&MarketingであるStale"Steel"Ytterdal氏、Business Development Manager PAN,SPORT-WELLNESS-WATCHのThomas Soderholm氏

スポーツ分野での広がりを見せるANT/ANT+

2011年5月25日から27日に開催された「ワイヤレスジャパン 2011」で同社は、サイクルコンピュータのデモとして、ANTを搭載したSony Ericsson Mobile Communicationsの「Xperia Arc」とANTアダプタを接続したiPhoneを、ロードバイクの後輪に搭載されたセンサなどと連動させるデモを行うなど、ANT/ANT+の活用状況などの紹介を行っていた。

「ワイヤレスジャパン 2011」における同社ブースでのANTを活用したデモ。後輪に搭載されたセンサなどとXperia ArcおよびiPhoneを連動させて心拍数やタイヤの回転速度などをチェックできる

元々、ANTはスポーツ/ヘルスケア分野向けのセンサプロトコルとして考案されたもので、特に海外のスポーツ分野では認知度はあったが、日本ではそれほどでもない状況であった。しかし、上述したXperia Arcなどの国内で販売されるスマートフォンにも搭載され、普及する流れができつつあり、同社でも体重計や血圧計などのヘルスケア分野が国内でのANTの利用拡大の鍵を握ると見ており、2011年の後半(第3四半期以降)には国内向けのさまざまな機器に搭載される可能性があるとの見方を示す。

Xperia Arcでのデモ。アプリを変えることで、さまざまな情報を手に入れることが可能だという

こちらはiPhoneによるデモ。ANT対応アダプタをつなげることでiPhoneでもANTネットワークを活用することが可能とあんる

「我々がANTで成功した理由は、ボタン電池1個で1年以上の動作保証をしているからだ。デバイスによるが、心拍計なら、ボタン電池1個で3年程度は持つ計算となっている」(Soderholm氏)とANTの低消費電力性を強調するが、「Bluetooth SIGはBLEをANTと同じようにスポーツやヘルスケア分野に適用させることを考えている。しかし、我々としてはすでにANTがその分野に入っていることも踏まえ、可能性を見極め、ANTを使いたいという機器メーカーにはANTデバイスを、BLEを使いたいという機器メーカーにはBLEデバイスを、技術的には競合するが、それぞれを別に提供することで、機器メーカーが何を最終的に実現したいのかを見極めてベストソリューションを提供していく」と自社の見方を示す。

ANT/BLEの1チップ化よりも、さらなる低消費電力化に注力

そうなってくると、1チップでANTとBLEに対応させた製品が出ても良さそうだが、実際には簡単に行かない。というのも、「Bluetooth SIGはオープンスタンダードの立場だが、ANTのプロトコルはクローズドスタンダードの立場(ただしANT/ANT+を活用するためのANT+ Allianceはオープンスタンダード)。そういった意味では、ANTの使い方に関しては、同プロトコルを提唱しているカナダDynastream Innovationsに確認をしないといけない」とその背景を語る。

また、「センサデバイスはコストや消費電力、パッケージサイズに対する意識が高い製品。ANTは小さくできるが、BLEは大きくなってしまう。両方を1チップに搭載すると、コスト面で搭載メモリが大きくなってしまい高くなってしまう。現在のスマートフォンなどにはANT、Bluetooth、無線LANなどのさまざまな通信規格への対応が図られているが、チップ構成を含め、どういった組み合わせにするかは、カスタマの方でベストなソリューションを判断して使ってもらうべきだと考えている。確かに1チップで載せたいというニーズは聞いているし、Xperia ArcではMulti Communication ChipとしてSoCが搭載されているが、そうした複雑なプロセッサの分野はTexas Instruments(TI)やQualcommなどに任せる分野であり、我々は手を出さない」とSoCへの進出を否定する代わりに、「我々の強みは低消費電力技術だ。我々のチップは2003年の第1世代の登場から、現在では第5世代へと進化しているが、その間、消費電力は他の無線通信デバイスと比べても低くすることを目的として活動してきた」と、あくまで自社の強みである低消費電力を極めていくことを強調する。

Bluetoothチップでも低消費電力を強調

一方、Bluetoothの分野ではCSRやBroadcomなどが高いシェアを獲得してきた。しかし、BLEに対応したBluetooth v4.0ではその前提が変わってくるという。

「カスタマ側からしたら、Bluetoothチップベンダとして大手がすでに複数いるのに、何故、Nordicを選択する必要があるのか、という話になる。しかし、それはあくまで従来のBluetoothの話だ。BLEのライブラリは我々とNokiaで開発してきたもので、ULPを特徴としたため従来のBluetoothのものとはまったく異なるものになっていることを認識してもらいたい。だから、従来のBluetoothでノウハウを積み重ねてきたとしても、プロトコルの異なるBLEではそれがアドバンテージにはならない。むしろ、低消費電力技術を推進してきた我々のほうが、BLEのニーズである低消費電力性にマッチする」。すでに、同社のBluetooth v4.0対応1チップ・コネクティビティIC「μBlue nRF8001」はカシオ計算機の腕時計「G-SHOCK Bluetooth Low Energy Watch」に搭載され活用されており、通常のBluetoothではバッテリが数日間しか持たないところ、1日12時間使用しても2年間はバッテリを維持できるという。

BLEに対応したカシオ計算機の腕時計「G-SHOCK Bluetooth Low Energy Watch」。2011年中の販売が予定されている

nRF8001の評価・開発キット

日本ではエコシステムの強化を推進

「我々はULP技術を用いた無線通信にコミットしている。すべての機器で低消費電力、小さいチップサイズ、低コストが求められている。そうしたニーズがある時は、我々のチップを検討してもらいたいし、どう使えば良いかに悩んだときは相談してもらいたい。スポーツ分野であろうとも、ヘルスケアでも、バッテリを長く使えるようにすることに対しては常に1番を目指す」とのことで、そうした意味では、ハードウェアのみならず、エンドユーザーがANTやBLEを活用するためのアプリケーションやサービスが必要であり、それを推進するためのエコシステムが重要になってくるとの見方を示す。

すでにANTでは、同社が音頭を取る形で、複数の国内メーカーを巻き込む形でInternational CESなどで、その活用デモを行っており、日本の製品を活用する形で、ANTのエコシステムが構築されつつあるという。「確かに、日本ではスポーツ分野のエコシステムを担うメーカーは少ない。しかし、その鍵を握るメーカーは多いし、ヘルスケアやウェルネスといった分野は日本で成長が期待できる。また、日本には、低消費電力無線を活用した、従来とは異なる新たな領域を生み出す力がある。そうした裾野の広がりに向けた取り組みなども期待できる地域であり、我々としても、興味を持ってくれる機器メーカーなどと連携を密にして、ソフトやアプリまで含める形で、エンドユーザーがANTやBLEを使いやすいものと認識してもらえる取り組みを進めていきたい」と日本市場や日本メーカーへの期待も高く、今後もそうしたメーカーなどと連携を強めていくことで、ANTやBLEの活用に向けた取り組みを進めていくことを語ってくれた。

パイオニアが開発したANT+対応 Android搭載サイクルコンピュータの試作機(左)とANT+対応 3G搭載サイクルコンピュータの試作機(右)。2011 International CESではこうした機器とクラウドサービスの連携などのデモも行われた