実社会への準備は、大学の講義で可能なのか?

大学新卒者の就職内定率が低下し、就職活動の問題点が指摘されている。実社会に出ても「ゆとり教育」の弊害や、「草食系~」といった流行語が社会問題として取り沙汰される現在、学生が実社会へ踏み出す準備のひとつとして、とても興味深い講義を行なっている大学がある。

明治大学理工学部の高木友博教授が、情報科学科3年生対象に行なっている「情報システム論1」の講義では、毎回異なる各種IT関連企業のエキスパートたちが登壇し、一コマを使い自社のビジネスを説明する。企業を招いて行う特別授業というのは珍しくはないが、この授業は趣旨が異なる。高木教授が、現在の『IT業界の全体像』をマップ化し、それをもとにシラバスを作成、各方面の企業を選択して講義を依頼している。

明治大学理工学部、情報科学科3年生を対象にユニークな授業を行っている高木友博教授

講義の様子をレポートするとともに、講師と高木教授へのインタビューを交えて、大学から見た実社会へ学生を送り出すための、ひとつの取り組みをお伝えする。

具体的に実生活に関係のある題材をテーマに使った講義

2010年12月1日に行われた講義にお邪魔し、受講させていただいた。当日の講師は、日本ヒューレット・パッカードのサーバーマーケティング統括本部で統括本部長を務める上原宏氏が担当した。90分にわたる講義の内容は、どのようなものだったのだろうか。

この日の講義は、日本ヒューレット・パッカード エンタープライズサーバー・ストレージ・ネットワーク事業統括サーバーマーケティング統括本部 統括本部長 上原宏氏が担当した

上原氏は、講義の冒頭で「日本HPと言うと、"日本ホームページ株式会社"と間違えられることがあるのですが、"エイチピー"です」とユーモアを交えながら、シリコンバレーでの発祥のくだりから、会社概要を切り出した。3年前から年に一度、コンピュータメーカーの担当者として、高木教授の授業で講義を行っている。日本HPにおける全サーバー事業を統括する役目にある上原氏は、講義前半では、様々な企業におけるHP製品の導入事例をメインに語った。

「突然ですが、この中にヒューレット・パッカードの製品をお持ちの方はいますか?」の問いに、手を挙げた学生はたった1人だった。「ショックだなあ。しかし、これからお話する内容で、皆さんも毎日の生活のどこかで、HP製品と関わっているんだと実感していただけると思います」と、とても慣れた様子で講義を進める。

NTTドコモの「おサイフケータイのシステム基盤」や、セブンイレブンジャパンの店舗運営を支える「情報分析システム」、花王のサプライチェーンの最適化を支える「需要予測システム」といった、学生たちが普段、生活の中で馴染みのある商品や企業のバックエンドの仕組みを伝えながら、そこのどの部分に日本HPのサーバー製品やソリューションが組み込まれ、どのような用途で利用されているかといった説明をしていった。どれもなかなか興味深い内容で、筆者も思わず取材ということを忘れて講義に聞き入ってしまったほどだ。

上原氏は、学生たちにも馴染みのある企業をとりあげ、実際のソリューション事例やIT部門の抱える難題などを説明していった

ここで、学生たちの反応を見ていてあることに気が付いた。情報システムやマーケティングに携わる人たちとっては普段使い慣れている「TCO」「SOA」「サプライチェーン」といった用語がピンと来ていないのだ。上原氏が「サプライチェーンって分かりますか?」と聞くや否や、目の前にあるPCを使ってグーグル先生に訊ねている。「ちょっとやりにくいなあ」と、上原氏は苦笑いという場面も見受けられた。

企業内の新人教育成果を講義にフィードバック

講義の後半では、「クラウドコンピューティング」がテーマとして採り上げられた。このテーマは、授業を行うにあたって、高木教授と上原氏が相談して事前に決めていたものだ。この科目では、企業から講師を招く前に課題を出すことになっている。上原氏に訊ねたところ、日本HPの2010年の新入社員が発した「クラウドコンピューティングって、もっと企業に浸透しているのかと思ったら、そうではないんですね」という言葉を聞いて、学生目線でも新鮮なテーマではないかと考えたという。

利用者が必要とする観点でのクラウドコンピューティングの種別、企業規模での考え方の違い、クラウドの進化予測などを説明しながら、ここでも具体的に「郵便局」でのSaaS/PaaSを活用した管理システムを挙げた紹介がなされた。

上原氏は、最後に就職活動を行う学生たちに向けて、会社が求める人物像を語った。

  • 新しいものを創り出す力
  • 自立性
  • 主体性
  • 目標に向かってやり遂げる力
  • 論理的思考
  • コミュニケーション能力
  • スピード感
  • 変化への対応力
  • 英語力

<実社会が求める人材像、大学は応えるべきか? 応えられるのか?>……つづきを読む