デザイナーにとって大切なこととは

Audiのデザイナーチームで活躍してきた和田氏の講演とあって、会場には多くの観客が詰めかけた

東京 Apple Store Ginzaにて、ドイツの自動車メーカーAudi初の日本人デザイナーとなった和田智氏によるトークイベント「和田 智のスケッチ進化論:未来は1枚のスケッチからはじまる」が開催された。

和田氏はAudiを退社してからデザインオフィス「SWdesign TOKYO」立ち上げ、社長を勤めながらスケッチを描き続けている。このイベントでは工業デザイナーという仕事、和田氏が愛用するiPad用グラフィックツール「Autodesk SketchBook Pro for iPad」の使い方、さらにヨーロッパの自動車デザインと日本のアニメとの関連性まで話題は広がった。

和田氏がAudiに認められるきっかけとなったイラスト。和紙に墨で描かれている。この作品はAudiデザインチーム内で高い評価を受けたそうだ

和田氏は「デザイナーはいつまでも手を動かさなければならない」と語った。いまはPCを使用してどんな絵でも描ける時代だが、デザイナーは手で描くことがもっとも重要と、和田氏は言う。手を動かさないとデザイナーとして発想力が退化してしまうので、和田氏は毎日必ず手描きのスケッチをしているという。特に朝起きたばかりの時間はよいアイデアが浮かぶとのことで、和田氏の自宅には寝室を含めたすべての部屋に、いつも紙とペンが置いてあるそうだ。

和田氏はスケッチブックの中を公開。白黒で描かれた美しい自動車のイラスト

次に和田氏は、普段持ち歩いている荷物を公開した。荷物の中にはスケッチブックとペンが入っていた。常に紙と鉛筆を持っているので、外出先でもスケッチができる。気がつくと喫茶店でもよくスケッチをしているそうだ。最近ではiPadも携行しているという和田氏は、、お気に入りのツール「Autodesk SketchBook Pro for iPad」を紹介。このツールは指やスタイラスペンでスケッチができるソフト。iPadのアプリケーションなのに、まるで紙とペンを手に持っているかのようなアナログ感覚でイラストを描けるのが特徴。

簡単な機能紹介を行なった後、和田氏は自動車を描くデモンストレーションを行なった。手描きにこだわる和田氏にとって、iPadとSketchBook Proは絶好のアイテム。スタイラスペンを使ってスラスラと自動車を描く和田氏。使用した機能はレイヤーやグラデーションなど、ごく普通の機能のみ。1枚目のレイヤーには線で自動車を描き、2枚目のレイヤーにはペンツールで色を塗る。そして3枚目のレイヤーには、エアブラシを使ってグラデーションをかけていた。最近はツールの性能がどんどん上がってきているため、滑らかな円や複雑な図形も簡単に描くことができる。しかし和田氏が必要としているのはそのような高性能な機能ではなく、「手描き」ができるか否か。「手描き感覚で使えるツールこそ、デザイナーが常用すべき道具だ」と力説した。

「iPad」と「SketchBook Pro」を使ってライブペインティングを披露

スクリーンに手が触れて誤動作をしてしまうため、「iPadを使って本気でイラストを描くときには手袋をしたほうがよい」と解説した

完成した自動車のスケッチ。ほんの10分程度でここまで描いてしまった。このようなスケッチは和田氏のライフワークだと言う

自動車のデザインとアニメーションは似ている!?

和田氏は自動車とアニメに関して「自動車のデザインとテレビや映画のアニメーションは似ている」と言うユニークな持論を披露した。自動車は動く物なので、一般的に美しいとされているデザインは「動き」を感じられるものだという。人間が自動車を見たときに、「この車は速そうだ」とか「よく動きそうだ」などと思わせるデザインが自動車業界から求められているそうだ。この「動きを感じさせるデザイン」の参考になるのがアニメーション。アニメのなかのひとコマを切り出すと、それは動きの瞬間を描いた1枚の絵。自動車のデザインもアニメーションのセル画も、求められているのはどちらも「動き」なので、両者の共通点は多いというわけだ。

さらに和田氏は「日本のアニメーションはすばらしい」と、アニメの話題を続けた。工業デザイナーにとって参考になる作品の例として挙げたのは『AKIRA』や『攻殻機動隊』、『エヴァンゲリオン』など。確かにどれも特徴的な乗り物が登場する作品だ。特にエヴァンゲリオンはヨーロッパの自動車業界に多大な影響を及ぼし、いまなお注目され続けている作品だと語る。「現在生産されているヨーロッパ車のデザインは、大部分がエヴァから生まれたと言っても過言ではない。日本で生活をしていると気づかないだろうが、ヨーロッパの人は本当に日本のアニメをリスペクトしている」と言い切った。

そして和田氏もまた、日本のアニメをリスペクトしている。実際に小学校一年生のころは『鉄腕アトム』のある絵が気に入り、同じ絵をなんと100枚以上も書き続けたという。和田氏がデザインして世界中で大ヒットとなった名車「Audi A5」や「C5」の原点が、まさか日本のアニメーションだったとは誰も想像しなかっただろう。