KindleやiPadが牽引役となって注目を集めている電子書籍やデジタル出版の世界だが、ある程度時間が経過したことでコンテンツの制作ワークフローが確立され、コンテンツ提供側の準備が整いつつある。今回は、こうしたコンテンツクリエイター向けに制作ツールを提供している米アドビ システムズのデジタル出版への最新の取り組みに触れつつ、制作現場の最新トレンドを紹介していこう。

「電子書籍(eBook)」と「デジタル出版(Digital Publishing)」

米Adobe Systemsのデジタルパブリッシング部門製品管理ディレクターZeke Koch氏

まず冒頭で触れておきたいのが「電子書籍(eBook)」と「デジタル出版(Digital Publishing)」の違いだ。広義の意味でいえば、前者は文庫本やハードカバーなどのいわゆる書籍であり、後者は雑誌や新聞などのレイアウトや写真など個々の部品そのものに意味がある「リッチメディア」と呼ばれるコンテンツの集合体だ。デジタル対応という意味ではどちらも一緒なのだが、アドビによれば両者はターゲットが明確に分かれており、社内でも完全に別部門として存在しているという。その違いや今後のトレンドを米アドビ システムズのデジタルパブリッシング部門製品管理ディレクターZeke Koch氏は次のように説明する。

「電子書籍といえばKindleがまず頭に浮かぶが、実際に本を読むうえで非常に素晴らしい体験を与えてくれるデバイスだ。だが後にiPadが登場したことで、より先にあるリッチで優れた電子出版の体験が可能になったといえるだろう。本を読むうえで、iPadは重くて扱いづらい面もあるが、今後iPadの類似製品や第2、第3世代の製品が続々と登場することで使い方やコンテンツが洗練され、今後5年、10年先の世界では『紙で出版物を読むのが信じられない』といった世界がやってきてもおかしくはない」(Koch氏)

Kindleで読める書籍や新聞は紙の情報をそのまま電子デバイス上に再現しているが、付加機能こそあれど、読書体験自体はそれ以上でもそれ以下でもない。だがKoch氏のいうリッチメディアの世界では、紙では再現が難しい(というより不可能な)コンテンツやユーザー体験が提供されることになる。論より証拠、まずは10月末に米カリフォルニア州ロサンゼルスで開催されたAdobe MAX 2010のキーノートで紹介された、カリスマ主婦で有名なMartha Stewart氏の出版する「Living」のiPadアプリを動画で見てほしい。


Livingはもともと月刊誌として発行されているものだが、これをiPadなどのデジタルデバイス向けにインタラクティブコンテンツとして制作したのが今回のデモの内容だ。通常、電子書籍ではページ送りをするだけのシンプルな構造だが、デジタル出版された雑誌はページのつながりが一方向ではなかったり、随所にアニメーションや動画、パノラマ写真などが用意され、非常に読み応えのあるものとなっている。またレシピを紹介するページにあるように、出来上がりまでの過程を示す写真が複数用意されていたり、実際にレシピを表示する画面で料理手順が枠内でスクロールして見やすくなっていたりと、分厚いレシピ本をキッチンで開いて逐次確認するよりは、ツールとしてより使いやすくなっているといえる。

こうした動的でインタラクティブな雑誌コンテンツの先駆けとなったのが米出版社のConde Nastが発行する「Wired Magazine」だ。Wired Magazineについては以前にも本誌でレビューを掲載しているが、雑誌コンテンツとしてはいろいろな意味で型破りの仕掛けが施されている。下記に参考動画を2つ紹介しておく。



アドビではこのConde Nastとの共同作業の下、DTPツールである「Adobe InDesign CS5」をベースにした「Digital Publishing Suite」(DPS)をリリースしている。出版社は制作したコンテンツを多くの場合InDesignのフローの中で蓄積し、保管しているが、これを流用しつつよりリッチなコンテンツをデジタルデバイス向けのアプリとしてデジタル出版し、そのアプリ配布や広告配信管理、読者の利用動向分析までを行うのがDPSの役割となる。次の項では、このDPSによる制作ワークフローと、コンテンツの中身について見ていく。