出版ビジネススクールが8月25日、電子出版講座『電子書籍の真実と電子出版の構図』を開催した。講師を務めたのは、元雑誌編集者で現在は弁護士の村瀬拓男氏と、東京電機大学出版局局長 植村八潮氏。両氏がそれぞれの立場から電子出版業界の現状を解説した。

デジタル時代における出版社の立場とは?

村瀬拓男氏

村瀬氏は、大手出版社で長年にわたって雑誌編集や電子書籍事業に携わった経験を持ち、出版業界に精通している弁護士。7月に新書『電子書籍の真実』(毎日コミュニケーションズ)を出版しており、この日は同書をテキストとして、デジタル時代における出版社や著者の立場について言及した。

村瀬氏はまず、電子出版業界の動向には「ふたつの波」があると説明。アマゾンの「Kindle」やアップルの「iPad」による、従来の紙媒体との"商業市場の置き換え"、グーグルや国会図書館による"図書館流通の拡大"という「出版構造を変えるふたつの波があり、このふたつは分けて考えるべき」。そして「商業市場の置き換えについては、年内くらいに起こってくるのでは。リーダー端末単体での通信が実現したことが大きい」と話した。一方、図書館流通の拡大については、出版物の"商品価値"そのものに影響を与えかねないことを指摘。蔵書のデジタルネットワーク化によって、出版業界の重要なマーケットのひとつである図書館への書籍販売の規模が縮小する可能性や、本の商品価値が崩れる可能性について語り、「公共の立場である図書館と、マーケットのプレーヤーである出版社などとの間には、利害の点で考え方にズレがあり、それが認識されていないのが現状」とした。

また、電子書籍の海賊版が出回る可能性について、「現行法では、海賊版に対し出版社は独自の対抗力を持たない」ことを説明。「差し止め請求などは著者の名前で行うしかなく、これは著者にとっても過大な負担となったり、迅速な対応ができないことも多い」という。「レコード業界において、レコード制作者に与えられている著作隣接権のような法的権利を出版社が持つことが必要」(村瀬氏)。さらに、著作物の使用・公開などを出版社に制限されることを憂慮し、出版社が法的な権利を持つことに抵抗を示す作家が少なくないことに触れた。「権利化するのは、具体的には、出版社側が制作した版面などに関する権利であり、出版権とは別。著者が著作物(テキスト)を使用・公開するのを制限するものではない。また、著者の権利授与が無ければ、出版社は出版できない」と認識に誤解があることを説明した。

なお、村瀬氏は、毎日コミュニケーションズが9月8日に開催する「MJクリエイティブ 電子出版セミナー vol.1」にも登壇予定。

成功する電子出版物とは?

植村氏は、著書『電子出版の構図』(印刷学会出版部)をもとに、CD-ROMが誕生した1980年代半ば頃から、電子出版物に関わる商品が登場するたびに起こってきた"電子出版ブーム"の浮沈に触れつつ、今日の電子出版について語った。

植村八潮氏

1990年以降、次々と登場しつつも、普及には及ばなかった様々な電子書籍端末を紹介し、「印刷出版物をディスプレイで読むことに未来があるのか?」と言及。これまでに登場した電子出版コンテンツを見ると、「ビジネスとして成功しているのは電子辞書や、カーナビ等のデジタルマップ、デジタルコミック」(植村氏)。それらが成功した要因は、「機能や表示など、デジタルならではの価値を見出していること」にあると分析した。電子書籍がビジネスとして成功するためには、「自社の商品が電子化に向くかどうか、ディスプレイで読む意味があるかどうかを検討することが重要」と強調した。

また、KindleとiPadを挙げ、端末のタイプ別にビジネスモデルも模索。「Kindleは、徹底して文字中心の書籍を読むために設計されている。出版社は電子書籍化してもマルチメディア化する必要はなく、従来の書籍や雑誌を作るワークフローの中で電子書籍を制作できる。この場合は、とにかく大量に電子書籍を出すのが有効なビジネスモデルなのではないか」と考察した。iPadについては「音楽や動画を組み込んだ、マルチメディアの領域に向かうのでは。この場合、製作コストが高くなったり、技術的な蓄積のあるゲームやアニメ、テレビ、ITベンチャーなどが競争相手になると厳しいというリスクがある」としながらも、「紙の市場がそのままシフトするのではなく、新しい市場が育つ可能性がある」と、ビジネスの可能性を示唆した。

そのほか、電子書籍のデータフォーマットの現状について、総務省・文科省・経産省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」報告書の中で言及された、「電子書籍交換フォーマット標準化会議」を紹介。同会議では電子書籍の交換フォーマットの標準規格の作成を検討しており、「オープンでフリーな規格により、端末ごとのファイルフォーマットでコンテンツを作成する必要がなくなり、コンテンツ提供コストの削減につながる」と、出版社におけるメリットを説明した。