デジタルハリウッド大学は、映画『のだめカンタービレ最終楽章』の総監督・武内英樹氏とプロデューサー・若松央樹氏をゲストに迎え、公開セミナー「総監督・プロデューサーが語る『のだめカンタービレ最終楽章』前編・後編ができるまで」を、秋葉原メインキャンパスにて開催した。公開後、武内監督が公の場で話す機会は初とのことで、会場には多くのファンが詰めかけた。

左から武内英樹監督と若松央樹プロデューサー

武内英樹総監督は1966年生まれ。1990年フジテレビに入社後、『みにくいアヒルの子』(1996)で演出家デビューし、『のだめカンタービレ』(2006)で4度目のザ・テレビジョンドラマアカデミー賞・監督賞や音楽賞を受賞。本作の前編が初映画監督。また、若松央樹プロデューサーは1968年生まれ。2003年よりフジテレビドラマ制作センターにて、プロデューサーとして『電車男』(2005)、『のだめカンタービレ』(2006)など、多くの作品に携わる。本作の前編が映画初プロデュース作品。

本作は、クラシックブームを巻き起こした大人気コミックスが原作の実写ドラマの映画版。音大で指揮者を目指すエリート・千秋真一(玉木宏)と、変人だが天賦の才能を持つピアニスト志望の野田恵(上野樹里)を主人公に、学びの苦悩やふたりの恋をコメディタッチで描き人気を博している。映画版も前編で動員300万人超を記録し、現在は後編が公開中だ。映画版後編はドラマシリーズ完結編の位置づけのため、本講座では基盤を作ったドラマ版にも触れながら話は展開していった。

映画『のだめカンタービレ最終楽章』後編

(C)2010フジテレビ・講談社・アミューズ・東宝・FNS27社

原作ファンを裏切らないドラマを作る

クラシックを真摯に受け止める。若松プロデューサーは、原作のポリシーを重視したことが、熾烈なドラマ化権争奪戦を勝ち抜いた決め手だったのでは、と語った。従来のドラマにないキャラクター設定に惹かれ、武内監督ならこの内容を面白がれる感性のある人だからと依頼したそう。武内監督は当時を次のように振り返る。

「初めてのジャンルなので戸惑いました。最初は原作の面白さもわかりませんでした。でもやるからには面白くしたいので、まずは原作ファンに面白い部分を徹底的に教えてもらったんです。その上で読み直したら確かに面白いし、取材先の音大には漫画に登場しそうな人が本当にいて興味が沸きました。この作品への原動力は、自分の探究心が大きかった気がします」

テレビドラマは主役が最初に決まっている場合も多いが、今回は企画優先。上野樹里や玉木宏のほか、当時まだ新人だった向井理を起用するなど、新鮮さを優先した人選を行った。また、この3年間に演技の上達が見える面白さもあったという。

「例えば、SPドラマのスメタナホールでのオケシーン。カメラ5台で1曲分カット割せずに撮影したのですが、『いつ、どこのカットが使われるかわからない』と伝えたら、みんな一曲弾けるようになってくれていました。玉木くんなんて、ドラマ版から格段と上達して指揮者然としていましたね」

ちなみに、指揮者の演技指導はまず本物の指揮者に演技指導を行い、演じてもらった様子を玉木さんに見せ、そこにアレンジを加えていったのだという。こうした演技や背景描写も含め、武内監督には意識し続けた点があるという。

「すべては原作との勝負なんです。原作ファンを納得させられる、映像ならではの表現をとずっと考えてきました。のだめが殴られる場面をきちんとギャグに見せる手法を考えたり、真面目になりがちなクラシックの印象を中和するためにあえてB級感のあるCGを入れ込んだり。映画版でもこの"原作とキャラ設定、ギャグ、クラシックを真面目にやる"という約束が踏襲されているんです」

それだけに、前編では「千秋とコンチェルトをやりたい」と願うのだめの想いを活かす絵づくりの努力がされた。

千秋とのだめに最高級の舞台を~映画版『のだめカンタービレ』~

「まずホールとオーケストラを探そうと、撮影の1年前から約10カ国を回りました。でも音楽業界的には2年先まで使用が決まっているのが普通だそうで本当に大変でした。SPドラマで最高級な場所を使っているだけに、それよりいい場所でないと高みを目指す彼らに合わないですし。でも、粘り強く交渉したことでコンセルバトワールも使わせてもらえました」(武内監督)

楽団は現地のオーケストラが参加。特に演技指導もしなかったがいい表情をしてくれた、と武内監督。リアリティ溢れる映像に定評があると言われる理由も頷ける。また音楽も同様、映画版ならではの調整が加えられた。例えば、前編ラストはロッシーニ『ウィリアム・テル』からチャイコフスキー『1812年』に変更。演奏はロンドンフィルハーモニーオーケストラ、録音はアビーロードスタジオという最高級の音源が利用されている。多くの支持を得た理由は、このような「音楽をきちんと伝える」コンセプトを保ち続ける点にもあるのだろう。後編で総監督を務めた武内監督は「後編は、ファンのクラシックへの造詣も深まっているだろうから選曲も渋めに、高みを目指す芸術家の話を中心にして、前編と違う雰囲気で考えていました」と振り返りつつ、コンセプト自体は変わらないことを補足した。

講義の最後、「プロデューサーの役割とは?」という質問をふられた若松プロデューサーは、「プロデューサーの面白さは、いい作品を作るだけでなく幅広い分野に波及させられること。僕は常に、プラスアルファのモチベーションを持っていて、今回は敷居の高いクラシックを身近にすることがテーマでした。監督がシェフなら僕は経営者。どんなレストランにしたいか、どんな素材を使ってどんなお客さんに見てもらいたいか。そういう根本を組み立てるのが役割だと思っています」と述べた。また、武内監督は本作の見所について「この作品は、見せ方はギャグだけど、ひとつのことを追求して高みを目指すことは素敵じゃないか、という真面目な想いも込めているので、そこを感じてもらえたらと思います」と語った。

終始戦友のような掛け合いをしていた若松プロデューサーと武内監督。笑いの絶えない雰囲気の一方、制作への熱い思いも感じられる公開講座となった。