【インタビュー】
2009年夏に香港やアジア各国で上映され、あまりに衝撃的な内容に、中国本土での上映でエンディングを差し替えられるほどの物議を醸した、サスペンス・スリラー映画『殺人犯』。日本では6月5日からの全国公開を控えている本作の監督を務めた、ロイ・チョウ氏が来日し、4月21日、グループインタビューに応じた。
『殺人犯』は、ある猟奇的な連続殺人事件を追う中で記憶の一部を失った主人公・レン刑事(アーロン・クォック)が、次々と見つかる自分が犯人であるとしか思えない状況証拠により、「自分が殺人犯なのではないか」という恐怖に精神を追い詰められていくというストーリー。周囲も自分すらも信じることができない状況におかれた人間の不安、狂気といった、人間の深層心理に関わる恐怖を描いた作品となっている。
本作が初の監督作品となるチョウ監督は、これまでに、世界的映画プロデューサーであるビル・コンやアン・リー監督の下で働き、『英雄 HERO』(2002年)や『SPRIT スピリット』(2006年)などの撮影現場に参加している。「昔から、人間の深層心理や哲学に興味があり、哲学の研究者になりたいと思ったこともあります」というチョウ監督は、この日、賛否両論の衝撃作とは裏腹の穏やかな口調で、映画の世界に足を踏み入れた経緯や映画への想いなどを語ってくれた。
――映画を作りたいと思ったきっかけはありますか?
監督「きっかけというか、僕が小学生の頃の香港は、映画が最も盛んな娯楽産業だったんです。だから、映画は祖父と週に何本も見に行っていましたし、僕にとって、身近な存在でした。映画を専門的に勉強するようになってからは、とても運の良いことに、業界トップレベルの方々……ビル・コンプロデューサーやアン・リー監督にめぐり合うことができて、映画の仕事をさせてもらえることになったんです。アン・リー監督の傍で色々なことを学ばせていただくことができたのは、本当に幸運なことでした」。
――子供のころに見た映画で、印象に残っているものはありますか?
監督「ジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』ですね。小さい頃には、男のかっこよさに、やはり自然に憧れを抱きました。少し大きくなってからは、香港映画だけでなく、ハリウッド映画や日本映画もよく見ました。黒澤明監督や小津安二郎監督、ロマン・ポランスキー監督の作品等が好きですね。それから、アン・リー監督の作品は昔から、本当に大好きなんです」。
――アン・リー監督から受けた影響はありますか?
監督「アン・リー監督が何より素晴らしいのは、映画に対する情熱と、映画作りへの真心だと思います。僕は彼の傍で働いていたので、役作りなどの表に出てくる部分よりも、裏舞台での彼の姿勢に影響を受けました。彼はいつも命がけで映画を撮っていて、1本撮り終えるたびに倒れてしまうほどに情熱を傾けている。自分のこだわりに対して妥協することも決してありませんし、自身に送られた名誉や賞に対して常に客観的で、奢ることもない。どんなに評価されても、自分の立場を客観的に見ることができるのは、巨匠と呼ばれる監督たちに共通して言えることなのかもしれませんが……。僕たちのような若い監督は、少しでも評価されると、すぐに舞い上がってしまいまって、なかなか真似できません」。
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ビル・コンプロデューサーやアン・リー監督の下で働いている間、そのチームの仕事に専念し、自身の短編作品などは制作しなかったというチョウ監督。『殺人犯』について、「最初の作品で、これほどの規模の観客と向き合うことを体験できたというのは、僕にとってとても貴重なことで、本当に幸運」と語った |
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――本作が監督デビュー作となるわけですが、監督として必要だと感じたことは?
監督「はっきりしたビジョン、信念ですね。どんなに技術的な部分で優れた監督でもビジョンや信念がなければ、映画の心というか、魂が観客に伝わらないと思うんです。逆に、信念があれば、技術や制作環境――お金やマーケットは後からついてくるものだと考えています。監督として、何よりも大事なのは、何を伝えたいのか、何を表現したいのか」。
――今回の作品に対する反応から、手応えは感じましたか?
監督「僕はこれまで、映画を世に送り出して、世論がどう反応するか、ということを体験したことがなかったので、色々と考えさせられることがありました。香港で公開した際の本作への評価は賛否両論あったんですが、反響は僕の想像以上でした。実は、公開する前にアン・リー監督に見ていただいたんですが、その時彼は、中身や技術面については語らず、ただ一言『君は、健康状態は大丈夫? 心は耐えられる?」と声をかけてくれたんです。今回の映画はかなりシリアスで物議を醸すような作品ですから、批判される部分も評価される部分も多い。おそらく彼の言葉には、『君は、心の準備はできていますか? 』という意味も込められていたのだと思います。当初の僕にはあまり実感はなかったんですが、公開後、"いかに観客と向き合うか"が監督として非常に大切で、貴重な体験なのだと感じました」。
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『殺人犯』は6月5日(土)よりシネマート六本木他全国順次ロードショー |
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――本作で描かれている"恐怖"とは、どのようなものですか?
監督「本作で描いている"恐怖"は、現実でも感じることのあるものだと思っています。レン刑事は"自分が殺人犯かもしれない"という不安から周囲を疑い始め、自分をも信じられなくなっていきますが、現実社会でも"自分はリスクや危険にさらされているのでは"と不安になることは、よくあること。人は、不安から周りに対して疑いの目を向けるようになると、今度は次第に、自分自身をも疑うようになって、自分をどう守って生き残っていくかを考えるようになる。必ず、人間は自己防衛に走ってしまうんです。それが、(本作のような)悪循環の始まりだと、僕は考えています」。
また、本作は、香港のトップアイドルであるアーロン・クォックが主人公・レン刑事を熱演していることでも話題を呼んでいる。「デビュー作ですから、注目を集めたいという想いもあって、スターの参加が必要ではあったんですが、ただスターを起用するというわけにもいきませんでした。レン刑事はとても複雑で難しい役柄ですから」と語ったチョウ監督。クォックについて、「様々な映画に出演して演技力を磨き、新しいジャンルにチャレンジしているというのが、香港での彼の一般的な評価。チャレンジ精神の旺盛な彼だからこそ、これまで演じたことのないタイプのレン刑事を気に入ってくれるのではないかと思いました」と話し、「僕は映画作りの中で、チームワークと、互いにチャレンジする関係を築くことを常に大切にしています。僕は新人監督ですから、先輩達に助けていただく部分が大きいですが、助けられるだけでなく、相手にとっても成長できることを返したい。アーロンとは、そんな関係が築けると予感しました」と、クォックの起用を決めた時の心境を振り返った。
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