ユーザーは何を求めて他の腕時計ではなくG-SHOCKを選ぶのか。タフネスさを表現したその個性的なデザインや、時計の利用シーンを広げてくれる先進的な機能など、人によって期待するポイントはさまざまだが、その原点にあるのは「落としても、ぶつけても壊れない」堅牢性、丈夫さではないだろうか。

もちろん人が作ったものである以上、G-SHOCKとはいえ完全無欠ではなく、想定外の極端な使い方をすれば不具合が出ることがある。しかし、あらゆる環境に耐える「オールマイティ・タフ」という理想に少しでも近づくよう日夜技術開発が進められており、例えば前回紹介した「SKY COCKPIT」のように、これまでにない新たな過酷な環境への挑戦が続いている。

そのようにG-SHOCKに投入される新技術のひとつとして、今回カシオ計算機から紹介されたのが、素材にカーボンファイバー(炭素繊維)を採用したバンドである。

現在、このバンドを使用したモデルはまだ発売されていないが、そう遠くない将来、G-SHOCKの新製品で採用の予定があるという。カシオで商品企画を担当する時計事業部 外装設計部の田中慎一氏と、バンドを共同開発したミズノテクニクス新規事業室の相澤克幸氏に、開発の経緯と技術的な特徴について聞いた。

長年使っても切れにくいバンドを

引っ張りや摩耗に対して非常に強いカーボンファイバーは、強化プラスチックの材料などとして使われている。プラスチックとカーボンファイバーを一体成形することで、金属のような強度を持ちながら、従来の金属よりもはるかに軽量な素材を作ることができるため、身近なところでは釣り竿、ゴルフクラブ、テニスラケットといったスポーツ用品に、先端分野では航空機や人工衛星などの材料して使われている。

カシオ計算機 時計事業部 外装設計部 第二外装設計室の田中慎一氏

なぜ、そのカーボンファイバーを時計のバンドに使うという発想に至ったのか。カシオの田中氏によれば、それは「バンドの破断を防ぐため」だという。「時計のバンドに使われているウレタン樹脂は、汗に含まれる塩分や水分などによって少しずつ分解されることが避けられないため、長い期間にわたって使用し続けると破断してしまうことがあります。そのため、スポーツの最中や、工事現場のような場所で何年も同じG-SHOCKをお使いのお客様から『バンドが切れて時計をなくしてしまった』といった声をいただくことがありました」(田中氏)。

ウレタン樹脂が経年使用によって劣化するのは、工業材料の世界ではある意味で当たり前の話である。常時汗などの影響を受ける腕に、長い期間にわたって装着し続けるのは「想定外」の使い方だった。しかし、G-SHOCKが歴史を重ね、お気に入りのモデルを長年にわたって愛用するファンが存在するようになり、何らかの対策を打つ必要が出てきた。何しろ、ユーザーはG-SHOCKのことを「壊れない時計」だと思って使っている。海で使っていたらバンドが切れて腕から外れ、大切な一本が失われてしまうといった経験をしたユーザーは「G-SHOCKなのに、なぜ」という残念な思いをすることになる。

今回開発したカーボンバンドは、布状のカーボンファイバーがウレタン樹脂の中に一体成形されており、前述のような事故を防ぐことができる。ウレタン樹脂自体の劣化を防ぐのは不可能だが、仮に樹脂部分がひび割れてしまっても、バンドが切れて時計が腕から脱落することはない。

カーボンファイバーを一体成形したバンド

高温多湿の環境において加速劣化させたバンドの引っ張り強度を調べると、従来のウレタンバンドの場合、4週間加速劣化させると劣化前に比べ約40%の強度低下が見られ、8週間の劣化後では同約80%の強度低下となって試験中にバンドが破断してしまった。これに対し、カーボンバンドでは4週間で約4%、8週間でも約20%の低下にとどまり、通常の使用においてバンドにかかると考えられる最大の力を加えても破断することはなかったという。

カーボン素材の難しさ

しかし、一言で「カーボンファイバーをバンドに一体成形」と言っても、その製造には高度な技術と独自のノウハウが求められる。

今回の取り組みの中で、カーボンバンドの共同開発および製造を担当しているのが、スポーツ用品大手ミズノの子会社・ミズノテクニクスである。同社は、ミズノのゴルフクラブやバット、テニスラケットといった製品の開発・製造を手掛けており、さまざまな製品にカーボン素材を応用してきた実績がある。

ミズノテクニクス 新規事業室の相澤克幸氏

カシオとの協業のきっかけは、G-SHOCKの外装素材に新しいアイデアを求めていた田中氏が、ミズノに務める知人を訪ねて数年前に同社を訪れたことに始まる。スポーツ用品に用いられているさまざまな技術の紹介を受ける中、田中氏はカーボンファイバーの強度やハイテク感に、G-SHOCKの商品コンセプトにつながるものを感じた。カーボンファイバーの織り目が作る独特の模様は、単に機能としてだけでなくスポーティなイメージや高級感の演出にも役立つ。

一方、ミズノテクニクスの技術者である相澤氏は、スポーツ用品の開発・製造で培った技術を、それ以外の分野にも適用するという新規事業開発のミッションにあたっていた。自社の技術を、これまで手掛けてきた製品とはまったく異なる分野に活かすことができれば、ビジネスの幅も広がる。

こうして始まったカーボンG-SHOCKの開発だが、技術的な課題は山積みだった。最大の問題は、柔らかく伸びやすいウレタン樹脂と、硬いカーボンファイバーという、正反対の特性を持つ材料を一体のパーツとして仕上げる難しさにあった。時計のバンドには曲げ伸ばしの力が繰り返してかかるが、そのとき発生する伸縮にカーボンファイバーは追随しにくいため、ウレタンとカーボンが境界面ではがれてしまいやすいからだ。

織り目をバンドの辺から45度の方向に配置して伸縮性を確保した

この問題は、加工技術の地道な改良に加え、カーボンファイバーの織り目とバンドの辺が45度になるように各材料を配置することで解決した。カーボンファイバーは織り目の方向に対して強い引っ張り強度があり、この方向に向かってはほとんど伸びないが、斜めの方向であればある程度伸縮する。この性質を利用した。

今回のバンドはカーボンファイバーの模様を目で見ても楽しめるよう、透明な樹脂を用いるとともに表面を平滑な仕上げにしている。しかし、表面を平滑にすると、成形時に樹脂が金型に貼り付いてしまいやすくなる。これについては、肌に当たる側の面を黒色樹脂とし、黒色面の表面に細かい凹凸(シボ)を付けることで何とか克服した。

裏側をシボ付きの黒色樹脂にすることで金型への貼り付きを防止

また、樹脂を金型の中に射出する際の勢いでカーボンファイバーにシワなどが発生してしまうと、表面が透明のためそれが目立ちやすい。アクセサリーとしても機能する時計だけに、シワやバリといった不具合をいかに抑えるかも課題だった。

さらに、バンドと時計のケースをつなぐバネ棒の部分は、バネ棒をとり巻くようにカーボンファイバーがカールする形で成形されており、製造時にはカールのクセをつけた状態でカーボン材料を金型内に固定する必要があった。よく見ると、バンドの余りを入れる遊環の中でもカーボンファイバーがきちんと1周ループしている。それぞれ、カーボンが巻かれずウレタンのみになっている部分があるとそこから破断する恐れがあるからだが、相澤氏は当初「ここまで巻くのか」と、G-SHOCK開発陣の要求に驚いたという。

G-SHOCK基準の厳しさをクリアする

カーボン素材の検討が始まった最初の段階では、バンドではなくベゼル部分にカーボンファイバーを用いることが考えられていたという。ベゼルは時計の顔の一部として常に目に入ってくる場所であり、そこにカーボンファイバーの模様が見えれば、デザインの面からも「カーボン採用G-SHOCK」というアピールが行いやすい。

しかし、現在企画中の製品では、ベゼルへの採用は見送りバンドのみとした。それは、「切れにくい」という明確な機能を打ち出せるバンドとは異なり、現在はベゼルにカーボンを用いることについて機能的な優位性を見いだせていないからだという。そこには、G-SHOCKのデザインは機能と一体のものであり、単に見た目を良くするためだけの理由ではカーボンを採用することはできない、という考え方が見える。もちろん、機能とデザインを融合させることができれば、将来バンド以外の部分にも新しい素材を使っていく可能性はあるという。

バンドの最終製品とそれに用いられているカーボンファイバー

ミズノテクニクスでも、これまで手掛けてきたスポーツ用品とはサイズも要求もまったく異なる商品の量産化にこぎ着けたことで、応用分野拡大にさらなる可能性が見えたという。実は、当初ベゼルへのカーボン採用が検討された段階で、ミズノテクニクスが最初に試作したパーツのサンプルは、G-SHOCK基準でテストしたところ表面にひび割れが発生してしまった。

もちろん、これはミズノテクニクス側が手を抜いたわけではなく、それだけ商品の分野によって求められる仕様が異なるということを示している。最終的にはG-SHOCKに求められる耐久性をクリアし、従来の製品に比べ非常に細かなカーボン加工のノウハウも得ることができた。このことからも、G-SHOCKがいかにスペシャルな仕様を持つ製品であるかを知ることができる。