IKAROSの概要説明などを行ったJAXA宇宙科学研究本部 宇宙航行システム研究系の森治助教。手に持っているのはIKAROSの模型

ソーラーセイルは、太陽光圧の力を膜状の帆(ソーラーセイル)に受けて推進力を得ようというもので、そのアイデア自体は100年ほど前から存在し、Arthur C.Clarkeの著書「The Wind from the Sun(邦題:太陽からの風)」などの古典SFにも登場する技術。

IKAROSは、帆の一部にa-Siの薄膜太陽電池を貼り付けることで、電力の発電実証も同時に実施することで、将来のより遠い惑星などへの航行時でも、探査機に必要な電力を得ることを目指した「ソーラー電力セイル」の実証機と位置付けられている。

ソーラーセイルとソーラー電力セイルの違い

機体サイズは本体が直径1.6m、高さ0.8m程度で打ち上げ時重量は310kg。今も地球を目指して宇宙を航行している「はやぶさ」のメンバーの一部が開発に関与しており、「IKAROSの姿勢制御などについてははやぶさからのインスピレーションもある」(JAXA 宇宙科学研究本部宇宙航行システム研究系の津田雄一助教)ということで、姿勢制御はスピン系を採用している。

IKAROSの概要

この遠心力を用いることで、その比較的小さな本体から一辺14mの正方形(差し渡し20m)の膜面(帆)を宇宙空間で展開することとなる。膜質はポリイミド樹脂にアルミニウムを蒸着させ光の反射率を向上させたもの。膜圧は7.5μmで、その上に薄膜太陽電池や温度センサ、ダストカウンタ、姿勢制御に用いられる液晶デバイスなどが搭載されている。

IKAROSの膜面に搭載される各機器などの概要

遠心力を用いてどのように帆(膜)を展開していくのか。一連の流れを要約すると、打ち上げ時に太陽方向に本体の太陽電池を向け5rpmで回転しながら機体をロケットから分離。その後、通信機をオンの状態にし、初期動作のチェック後、回転を25rpmに早め、相対回転機構(モータ駆動)で膜を保持している回転ガイドを動かし1次展開を開始する。1次展開とは、機体の4方に折りたたんだ状態の帆を伸ばしていく状態。相対回転機構を動かすと、遠心力により膜面がゆっくりと伸展していくこととなる。フィギュアスケートのスピンを想像してもらうと分かりやすいと思うが、膜を伸ばすごとに回転速度は落ちていくこととなり、伸ばしきった状態では5~6rpmまで回転速度は落ちるという。

膜面の展開手順および機構

その後、膜を全面に展開する2次展開が実施される。回転ガイドを展開し、本体が抑えていた膜を開放することで、膜が動的に全面に展開していくこととなる。膜がすべて展開した状態になると回転速度は1~2rpmまで低下することとなり、「ここまで辿り着くのに1カ月程度を予定しており、これがミニマムサクセス」(津田氏)としており、月より先の深宇宙でこれができれば、世界初の快挙となるという。

IKAROSのミッション

膜を展開した後は、約半年かけて金星に向けた航行を行う(金星到達でフルサクセス)こととなるが、その間、ソーラーセイルには太陽光から1円玉の1/10程度の圧力がかかることとなり、その力で加速されるか否かの実証などが行われる予定。

なお、IKAROSには膜を支える柱などは一切付属していない(各角の先端マスには展開をサポートする0.5kgのおもりが搭載されているほか、その内の1つは重りではなく加速度センサが搭載されている)。また、膜は1枚で切れ目なくつながっているため、特殊な折りたたみ方を考案することで、機体バランスの維持や遠心力がかかった際に上手く展開していくような工夫が施されている。

a-Siの薄膜太陽電池の厚さは25μmで発電効率は5%程度。薄膜系太陽電池はa-Si以外にもほかのSi系やCIS、CIGSといった化合物系、色素増感型などさまざまなタイプが研究および実用化されてきているが、これについて津田氏は「開発スタート時の2007年で市場で調達できて、実績があるものといえばa-Siだった。またa-Siは宇宙での劣化が少ないと言われていることも選定理由となった」と説明する。ただし、CIS系など他の薄膜系にも興味がないわけではなく、次世代ソーラーセイル(計画では厚さ5μm、差し渡し50mへと大型化される予定)ではそういった別の薄膜太陽電池も検討していきたいとする。

また、姿勢制御デバイスの1つとして用いられる液晶デバイスは国内ガラスメーカーとの共同開発品で、液晶の特性(通電することにより液晶の向きが変わる)を利用することで、表面の反射特性を変えることで、太陽光圧の力をそれぞれの膜の部分で変え、姿勢を変更しようというもの。これだと、通常の気液平衡スラスタの燃料がなくなっても、太陽光さえあれば稼動できるが、「液晶というものが、宇宙でどういった状況になるのかは実は良く分かっていない部分で、そうした意味でも今回の実験は大きな意味がある。予定期間を越えて液晶デバイスが生きていればさまざまな知見も得られる」(津田氏)と期待を覗かせる。

なお、IKAROSは金星到着後は地球と金星の間を楕円軌道で周回することとなり、タイミングがあれば地球にも接近する可能性があるという。

公開された金星探査機「あかつき」(2009年11月公開時と異なり、太陽電池パネルが取り付けられた)

公開されたソーラー電力セイル実証機「IKAROS」(機体左の台に置かれているのは膜展開時にIKAROSから分離して膜の展開風景の撮影を行う分離カメラ「DCAM1」「DCAM2」)