ベテラン映画評論家の北川れい子氏から"欠陥だらけの愛すべき傑作"と、暖かいエールを受けた『ダンプねえちゃんとホルモン大王』が、12月19日(土)より公開される。マニアックなキャスティング、大人になれない人間たちを淡々とシビアに描くことで知られる藤原章監督だが、今回の藤原作品は随一味違う。アニメ『じゃりん子チエ』を思い出させるような懐かしい世界観、単純明快なストーリーで、シビアな現実やエログロ描写もてんこ盛りにして笑い飛ばす喜びに溢れた、間口の広い快作となっている。

藤原章(ふじわら しょう)
1965年生まれ。兵庫県出身。奥崎謙三をフィーチャーしたドキュメンタリー『神様の愛い奴』(1998年)から劇映画『ラッパー慕情』(2003年)、『ヒミコさん』(2007年)と、コアな映画ファンの心を捉えて離さない作品を送り出してきたインディーズ映画界の天才。"チンプイ"というペンネームで映画誌『映画秘宝』にて漫画の連載も行っている

――『ダンプねえちゃんとホルモン大王』は、藤原ワールド未体験の人にとって、入門編として最適な作品になっているように思います。

前作『ヒミコさん』は女性主人公の周囲にいる人たちが悩んだり成長する群集劇だったんですが、『ダンプ~』では、主人公が地べたを這いずり回る様を描きました。観客が主人公と感情を同化しやすいように作ったら自然とシンプルになったので、入りやすいのかもしれませんね。

――これまでの作品では、分かり合えない親子関係や人間関係が子供(成長しない大人)の目線で描かれていましたが、今回はダメな子供(ダンプねえちゃん)を見守る大人の目線が全面に出ています。ダンプねえちゃんを取り巻く人間関係の暖かさがこの映画を包んでいると言いますか…。

大人の目線は、ダンプの行く末を見守る観客自身の目線でもあります。『ラッパー慕情』では、主人公が等身大に感じられるのか「まるで自分を見てるようで辛い…」って感想を持たれました。『ダンプ~』の場合は、あらかじめ愚かな主人公と設定して、観る側を一段高く上がらせ余裕を持って見つめられるようにしました。ダメな奴だけど、周りから「あいつ大丈夫かなあ?」って気にかけられるのは幸せなことです。撮る前から決めてましたが、最後は幸福感を感じてもらえる作風にするのが目標でした。

『ダンプねえちゃんとホルモン大王』STORY

将来の夢もなく、ぼんやりと暮らすヒロインのダンプねえちゃん(宮川ひろみ)が、世界ケンカ大会でチャンピオン・ホルモン大王(デモ田中)と出会い、一目惚れするが、粗暴なホルモン大王にレイプされてしまう。心身ともに傷つけられ失意の底に陥るダンプねえちゃんだったが、武道の達人である医師(切通理作)に助けられ、ホルモン大王へ復讐するために猛特訓を受けることに。

実家のラーメン屋で常連も呆れる親子ゲンカを繰り広げるダンプねえちゃん

――女性を主人公にしたのはなぜですか。

逆説的ですけど、男らしい映画を撮りたかったからです。これは悪口でないんですが、『神様の愛い奴』の奥崎謙三さんも、"女々しい"要素が多い人でした。奥崎さんに限らず、男は内面に女々しく、繊細なものを持ってます。女々しさをピックアップすると面白いドラマが生まれる反面、男らしさが失せてしまう。だから、ダンプねえちゃんには男のジメジメした要素を排除させ、自ら魅力を発するキャラ、ヒロインじゃなくヒーローとして成立させようと考えました。

――藤原監督の作品では、寂寥感溢れる風景があるかと思えば、うって変わって汚れたパンティが写ったりするのが印象的です。敢えてそういったカットを持って来るのは何故ですか。

せっかく人体は汁でいっぱいなんだから、セリフで「暑い!」「痛い!」「悲しい!」と力説してもらうより、さらりと血液、体液、汗、涙を出したくなります。嘔吐するホルモン大王や、決闘で生理になるダンプも同様です。

――先程、"幸福感"というキーワードが出ました。ダンプねえちゃんが恋人・ホルモン大王に対して「恋は盲目」状態に陥る姿にハラハラしつつ、刹那的な幸福感を共有してしまいます。2人のデートシーンでは、映画館の窓口で「男前とべっぴん2枚」という台詞がいいですね(笑)。

窓口で"は?"って言われちゃうでしょうね(笑)。あの辺のシーンや出前する背景が昭和ぽいのは横浜のラーメン博物館なんですよ。ぼくの私的なスタジオです。映画を観た後に洋食屋でハンバーグを注文するシーンもラーメン博物館。2人のデートは、『駅 STATION』での高倉健と倍賞千恵子のデートシーンを意識しました。

ダンプねえちゃんを襲った悲劇に大先生も唖然!

――ダンプねえちゃんを演じた宮川ひろみさんは藤原作品の常連ですが、どういったところが魅力ですか?

『ダンプ~』では、見得を張ったり啖呵を切ったり、キレのある演技をやっていただくと輝くなぁということでオファーしました。2年前の5月くらいに撮り始めて半年、段々ダンプが猿みたいになっていくんですね(笑)。なかなかああいう事をやってくれる人はいませんもんね。そこが凄い。僕はそういう事を飲み込んで演じてくれるという心理が不思議なんですけど(笑)カメラを廻していて、可笑しくって震えるのを我慢しました(笑)。

――藤原作品の魅力といえば、音楽も大きな要素です。今回も挿入歌・The混ズの『夕焼け』を始め、リリカルな音楽が印象的ですね。

音楽は、毎回やってもらっている方たちなんですけど、その度にバンド名やメンバー構成が変わったりしています。今回のバンド名はピラニア楽団。芯になるのは、俳優の室田日出男さんの息子さんである室田晃さんとヒデさんで、ヒデさんが作曲で主にギターとかやってくれます。彼がストックしている曲がサンプルとしてあるので、3分の2はその中から選んで、残りの3分の1はアレンジをお願いすることが多いですね。

こうなったら復讐だ! 後半はカンフー活劇的展開へ

――エンディングロールで流れる『泰平』の広東語の歌詞とダイジェストシーンの楽しさに、映画が終ってしまうのが名残惜しくて仕方なくなってしまいます。

あれは、『Mr.BOO!』みたいな感じやりたいってこちらからお願いしたんです。言葉は僕のでたらめ(笑)。

――最後に、観客のみなさんに一言お願いします。

『ダンプねえちゃん』では怪しいキャンディーが出てくるんですよ。カンフー活劇や恋愛の要素だけでなく、麻薬の怖さも描いてます! どうすれば更生できるか、この映画にヒントも隠されているんです。

『ダンプねえちゃんとホルモン大王』は、12月19日より、渋谷アップリンクX、名古屋シネマテーク、大阪・PLANET+1ほかで公開される。

(C)藤原章