セカイカメラによって、広く注目され始めたAR(Augmented Reality:拡張現実)。ハンドヘルドやHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をビューワに、現実空間の情報にバーチャルな情報を重ね合わせて見る。米国においても、YelpのiPhoneアプリやGoogle SkyなどをきっかけにARに関心を持つモバイルユーザーが増えている。GPU Developer Conferenceではリサーチサミットで、AR技術研究の第一人者であるジョージア工科大学のBlair MacIntyre准教授のセッションが行われた。

ジョージア工科大学のBlair MacIntyre准教授

MacIntyre氏は最初に、ARのコンセプトを伝える動画としてHPの広告「Roku's Reward」を再生した。ある子供がサンフランシスコの街を舞台にしたモバイルARゲームに参加するストーリーである。ハンドヘルドの中のサンフランシスコは中世の街のようであり、歩いていると坂の上から大きな岩が落ちてきたりする。現実の世界で小道に入り込むなどして、うまくよけないと減点だ。街では同じようにハンドヘルドを持ちながら歩くプレーヤーが何人もいて、最後にはゲームを通じてプレーヤー同士の現実の交流が生まれる。

ARについては様々な定義が見られるが、「"ソーシャル・インタラクション"はARのコンセプトを語る上で外せないキーワードである」とMacIntyre氏は指摘した。ARは仮想現実(Virtual Reality)のような現実の置き換えではなく、文字通り現実を拡張(Augment)し、現実世界をインタラクティブな空間に変えるものである。

それゆえにARの実用化には時間がかかった。現実空間をきちんとトラッキングし、リアルタイムで仮想世界の情報を組み合わせてARの世界を構築しなければならない。クライアントには、現実世界を正確に捉えるすぐれた目(カメラ)、AR世界を描き続けるレンダリング性能、常に情報をやり取りし続けるネットワークが求められる。以前はノートPCを背負って大型のHMDを装着するという、一般のモバイル利用からかけ離れたスタイルでしか、それらの条件を満たせなかった。一式そろえるコストも高い。

そうした状況がiPhone 3GSやAndroid携帯の登場で大きく変わろうとしている。携帯電話ひとつで、ユーザーの位置情報、3Dレンダリング、通信のすべてに対応する。開発者とエンドユーザーを結ぶアプリケーション・ストアも用意されている。ARを実現するためのハードルが一気に下がり、実際にセカイカメラのような注目度の高いアプリが登場し始めた。

長い間、研究室から抜け出せなかったARが、ついにユーザーの手に

ただし、「処理能力やカメラの限られた性能から、今日のiPhoneやAndroidアプリで実現できるのは"シンプルなモバイルAR"にとどまる」とMacIntyre氏。逆に高度なAR空間を実現できるのはテーブルトップや特定の屋内など狭い範囲に制限される。また多くのケースで、仮想世界の情報を正確に埋め込むためにマーカーが使用されている。将来的には大規模なアウトドアARでも高度なAR空間が可能になるだろうが、それにはデバイスのトラッキング性能の向上が課題になる。

基調講演でデモが披露されたRTTのフェラーリ・カスタマイズ・プログラム。マーカーを付けたタイヤに、ホイールを自在に組み合わせ可能。「RTTのハイエンド・システムでも、まだマーカーを使用している」とMacIntyre氏

MacIntyre氏はユーザーの利用体験にそぐわないという理由から、現段階でHMDの利用には消極的である。だがアウトドアARにおいては、常にユーザーがAR空間にアクセスできるのが望ましいという。今日のハンドヘルドをかざすスタイルでは、ユーザーがARの世界に入り込んでいる時間が少なく、重要な情報を見逃す可能性が高い。自然に利用できるHMDを含めて、常にAR世界の情報を受け取れるソリューションも今後の課題であるとした。