「機動戦士ガンダム」テレビ放送から30周年となる今年、様々な記念イベントが開催されている。その中でも、デザインやクリエイティブに関わる人ならぜひ見ておきたいのが、八王子市夢美術館で開催されている「大河原邦男のメカデザイン ガンダム、ボトムズ、ダグラム」展だ。これは単なるアニメの設定資料や原画展ではない。貴重なデザイン原画を通じて、デザイナーとしての大河原氏の思想や視点を感じることができる貴重な場なのだ。

1970年代から2000年以降までに大河原氏の手掛けたデザインが4章構成で展示されている

大きさ・質感も意識して形状や構造をデザインするということ

今回の展示テーマは「メカデザイン FOR 1/1」。これは、アニメの画面上だけでなく「現実の大きさも強く意識してデザインする」、玩具やプラモデルにおける「大きさ・質感も意識して形状や構造を考える」という大河原氏のデザインのスタイルを表現したもの。会場には、実際に1/1で制作された巨大なヒートホークなども展示されていた。

「ヤッターマン」に登場するヤッターワンの鼻先部分の1/1モデル

おなじみザクIIの武器であるヒートホークの1/1モデル

展示作品はほぼ年代順に並べられており、デビュー作である「科学忍者隊ガッチャマン」(1972年)、代表作のひとつである「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」(1977年)、日本のロボットアニメを別次元に押し上げた「機動戦士ガンダム」(1979年)、そしてよりリアリティを表現した「装甲騎兵ボトムズ」(1983年)へと続く。

ガッチャマンやヤッターマンのメカデザインには、動物や植物をモチーフにしたものが多く見られる。これらのデザインは、モチーフを「単純な形状に分解し、メカ的なディテールを加えていった」ものだという。味方のメカはシンプルに、敵メカはゴテゴテと毒々しいイメージが強調されている。

大河原氏のデビュー作である「ガッチャマン」のメカデザイン

メカデザインにおける「リアルとリアリティ」

氏の代表作である『ガンダム』シリーズに関しても、多くのデザイン画が展示されている。モビルスーツや兵器のデザインだけでなく、イメージイラストの絵としての迫力に圧倒される。各兵器の機能や装備を表現する構図・シチュエーションでありながら、単に説明的なものではなく、ストーリーすら感じさせてくれるイラストが多く展示されていた。原画では、動画では描かれなかった装甲の継ぎ目やマーキング、ウェザリングなどが描き込まれ、よりリアルで精緻な兵器としてのモビルスーツ像が提示されている。

ちなみに、大河原氏のほとんどの作品は、イラストボードにポスターカラーで描かれていて、デジタル処理による色補正やエフェクトは加えられていない。

「機動戦士ガンダム」

背景のグフはオーバーレイや乗算レイヤーではなく、この色で描かれている

ガンダムのラストシューティング。頭部が破壊された主役メカという描写も、放送当時は斬新だった

コア・ファイターの変形機構のデザイン

シールドの断面までデザインされている

「機動戦士ガンダム」

各モビルスーツの頭部デザイン

放送当時は玩具化の予定が無かったというザク

『装甲騎兵ボトムズ』に登場するATも、降着姿勢の機構や装備のカスタマイズまで、細部にわたるデザインが展示されている。ガンダム、ダグラムの次に、大河原氏はより大きさのリアリティを表現できるメカとして4mのロボットを考えていたという。そんな時期にスコープ・ドッグなどのATが生まれた。

「装甲騎兵ボトムズ」

「ジープみたいな兵器を」という発想でデザインされたボトムズのメカ。トイやプラモデルは未だに高い人気を誇る

こうしたリアル志向のデザインを手掛ける一方で、アニメ作品としてのエンターテイメント性を優先し「リアリティを無視するところは無視する」という方向性のデザインも大河原氏には存在する。リアルロボットの流れを決定づけた大河原氏だが、氏のデザインの根底には「リアルとリアリティは違う」という認識がある。その上で、誰もが目にする重機や工作機械などのディテールを盛り込むことで、いかにも実現できそうなデザインを作り上げているという。

「戦闘メカ ザブングル」の設定資料。ウォーカーマシン・ザブングルの合体・変形機構にアニメの特性を活かしたごまかしが指示されている

リアルな構造より「プラモデルやTOYになったときの見え方を考える方がはるかに大切」だという

作品世界にメカをプロダクトするということ

大河原氏は東京造形大学グラフィック・デザイン科入学後、テキスタイル・デザインに移り、卒業後は大手アパレルメーカーに勤務した経験を持つ。特に動植物をモチーフにしたメカにおいて、デザイナーらしいデフォルメのセンスや観察眼を見ることができる。そして作品におけるメカの在り方においても、デザイナーらしい考え方が現れていると言えるだろう。

「ロボットデザインはコスチューム」だと言う大河原氏にとって、メカデザインは自らの創造の発揮ではなく、作品が表現したいものを表現するための仕掛けのひとつだ。氏はまた「ギャグもリアルも、ジャンルごとに、あるいは作品ごとにその中でのカッコよさの概念がそれぞれ存在している」とも述べている。例えば同じバイクでも、モトGPとオフロードとストリートカスタムではカッコよさの概念が異なる。しかしデザイナーにとって重要なのは、自分が表現したいカッコよさを提案することではない。クライアントの意向をいかに汲み取り、何を提案するかが求められているのだ。大河原氏は、この職業デザイナーの考え方を、空想の世界の中で実現してきた。

2000年以降の活動においては、「月刊ガンダムエース」(角川書店)における安彦良和氏の連載漫画「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」、大河原氏書き下ろしによる同誌の「機動戦士ガンダム原典継承」、また2008年から放送中の「ヤッターマン」などが紹介されている。

「原典継承・機動戦士ガンダム」

オリジナルのMSのデザインを活かしつつ、現代的な作風で描かれた「原典継承」

この展示会では、メカデザインに留まらず、大河原氏が自身の工房で製作したプロダクト「大河原ファクトリー」の作品も展示されている。実際に自らの手でモノを作ることで得た感覚は、これまでのメカデザインにも生かされてきたのだろう。仕事の範疇を超えて行ってきたその活動は、アニメのメカデザイナーとしてのみならず、クリエイターとして現実世界に魅力的なプロダクトをもたらしているのだ。

ハサミやペンなどもデザイン、制作している

「機動戦士ガンダム」

「大河原邦男のメカデザイン」展は八王子市夢美術館で9月6日まで開催中。

(C)KUNIO OKAWARA

※参考資料「メカニックデザイナー 大河原邦夫 メカデザイン FOR 1/1」

撮影:石井健