【レビュー】

BOOK REVIEW - 今のロボットに足りないもの、それは「おへそ」

    森山和道  [2009/03/05]

    現在のロボットには色々なモノが足りない。特に足りないもの、本書ではそれを「おへそ」と呼んでいる。「人間のあいまい性もなんとか乗り切ることができるロボットが作りたいんです」と語る著者の一人、稲邑によれば、「おへそ」とは「社会的な対話ができる頭脳」のことだという。

    例えば、人間は分からないことがあったら他者に質問することができる。場の雰囲気を読むことで、「あれ」とか「これ」といったあいまいな言葉が何を意味しているのか理解できる。人間が行っているだろう確率、あいまい性の処理能力、それが「おへそ」だという。

    3部で構成されている「ロボットのおへそ」(帯には"どっちが賢い、犬とロボット?"と書かれている)

    この本は3部構成だ。第1部は作家の瀬名秀明とロボットの知能の研究者である稲邑哲也の対談である。ここでは対談形式で、稲邑自身がこれまで行ってきた研究が紹介される。稲邑は、評価関数を人間が与える強化学習に自分がやりたいこととの違和感を感じ、統計的な処理を使って経験から学ぶロボットの研究へと進んだという。プログラムしたモノがそのとおり動くのは楽しい。だがやがてそれだけでは物足りなくなっていく。プログラムしなくても、人とのインタラクションの中からロボットが学ぶことはできないか……。このような形で研究の方向を統合していったのだという。

    その後、稲邑は人間の脳のなかで行われていることを制御の考え方で見直し、統計学を使ったアプローチで進めていくことになる。ここでは瀬名による「制御」や「統合」という感覚に関する質問もまた面白い。

    稲邑は今のところ、機械知能のブレイクスルーはロボットと人とのコミュニケーションしかないと考えているという。ボトムアップでロボットが学習しようと試行錯誤しているところに、人が解そのもの、あるいは解の手がかりとなるものを上からポンと与える、それによって解を一気に収束させる。このような仕組みで、プログラムや制御をいちいち書かなくてもやりたいことをやらせることができるのではないかと述べている。

    第2部は稲邑の研究とアプローチ法の解説だ。人間あるいは動物と、現在のロボットが得意不得意な領域は正反対の関係にある。脳科学などの成果を作って、作ることで対象を理解しようとする試みを「構成論的アプローチ」と呼ぶ。本書では犬のような賢さを実装するためには何が必要かといった問いを立てて、研究に対する考え方が紹介されている。

    人とコミュニケーションするといっても、1から10まで聞かなければならないのでは意味がない。適切な問いを立てられるようになって初めて、ロボットは使える知能機械になる。

    そのためにはどのようなものが必要か。稲邑がキーワードとして挙げるのは、ミラーニューロン、ミメシス仮説、原始シンボル空間である。ミラーニューロンは相手の運動を見たときにも自分が動くときにも働くマルチモーダルな神経細胞である。人間はどうやら他者の動きを理解するときにも自分自身の運動イメージを使って理解しているらしい。

    ミメシス仮説とは、言語以前のコミュニケーションにおいて真似る能力が重要な役割を果たしたとするものだ。単なるものまねではなく、シンボル化することで別のシチュエーションでも利用できるところがポイントで、これを数式モデルで抽象化した稲邑は、体の動きの時間的な流れの中から記号として取り出せるパラメータを探り出し、「原始シンボル」と呼んでいる。それを空間表現してシンボル間の関係性を記述したものが「原始シンボル空間」である。

    稲邑は、原始シンボル空間を使って他者のジェスチャー認識などの実験を行っている。原始シンボル空間を使うことでロボットは、例えばまったくの猿まねではなく、シンボル内に落とし込まれた概念へと見たものを引き込んで動作を実行するといったことができる。この辺が本書の中核であり一番面白いところなので、詳細は本を読んでもらいたい。第2部後半では、現在研究が行われている、ベイジアンを使った経験蓄積行動学習システムについて解説されている。情報不足の状態でもそれなりに動けるロボットを生み出すための研究だ。

    第3部は再び対談で、ロボットと人の未来が展望される。対談としてはこちら後半部分のほうが前半よりも面白い。本文は170ページあまりしかなく、多少なりともこの分野に興味を持っている読者であればすぐに読み通せるだろう。

    ロボットに必要な社会的知能の研究は、まだ具体的に何が必要か、あるいは今後どこへ行くのかもはっきり見えていない段階にあるという。

    評者は、本書の説明だけでは、なぜ社会的知能を指す言葉として「おへそ」という言葉を使っているのか納得できなかった。そこで稲邑にメールで質問したところ、「おへそ」というキーワードには、「次世代への橋渡し」というメタファーとしての捉え方もあるとの返事をもらった。生物が数十億年をかけて築き上げてきた知能に対向するには、一世代だけで終わってしまうのではなく、親世代から子世代へと獲得した知恵なり知能なりが伝わっていく機構が必要なのではないか、と本書の原稿を書き上げたあとに、あくまで個人的に考えたという。

    なるほど、だから「おへそ」なのか、と得心がいった。研究自体も「おへそ」を通じて次世代へ伝わり、発展していくことを願いたい。

    ロボットのおへそ

    稲邑哲也、瀬名秀明、池谷瑠絵 著

    丸善 発行

    2009年1月24日発行

    新書・190ページ

    ISBN 978-4-621-05377-5

    定価798円

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