「ポンポン♪(電子音) 前方からのクルマに注意しましょう」
「ポンポン♪(電子音) 後方に2輪車がいます」
こんな音声と連動して、カーナビのマップ画面の上に、クルマやバイクのピクトグラムが描かれた黄色いアイコンが掲出される。ドライバーはその注意に促され、交差点進入時の周辺配慮に意識を集中させる……。クルマの運転免許を持っている人であれば、「あのうるさいカーナビの語りかけでしょ」と思うかもしれない。が、このポンポン♪から始まる一連のガイダンスは、近い将来お目見えするであろうASV(先進安全自動車)の車内で起きている安全運転支援システムのひとつなのだ。

いつか夢見た未来のクルマ社会が、すぐ近くまできている!? これが国土交通省ASV推進検討会の描くASVのイメージ。大小のクルマが無線通信で結ばれ、クルマが歩行者などをセンサーで感知する、というような世界だ

ASVは聞き慣れていないかもしれないが、ITS(高度道路交通システム)ならば聞いたことがあるかもしれない。ITSは、最先端の情報通信技術を使って、人・道路・車両を情報ネットワークで結んで交通事故や渋滞などを解決していこうとする新しい交通システムで、カーナビゲーションシステムやVICS(道路交通情報通信システム)、ETC(ノンストップ自動料金支払システム)、バスロケーションシステムなど、僕たちが慣れ親しんだ仕組みもそうしたITSから誕生したもの。ITSに関連するASVは、先進技術を利用してドライバーの安全運転を支援するシステムを搭載した、一歩進んだ「先進安全自動車(Advanced Safety Vehicle)」のことをいう。

ズラリと並んだASV実験車両。お台場で行なわれた世界初の公道実験での光景

国土交通省は30日、将来のASVを想定した実験車両を東京・お台場に約30台も集めて、「車車間通信」を使った安全運転支援システムの実用化に向けた実験を公開した。「シャシャカンツウシン」、舌を噛んでしまいそうなこの言葉は、路車間通信と並ぶ次世代の人・道・クルマのネットワークシステムのひとつで、「車両と車両が通信により速度等の車両情報を交換する」(国土交通省)というもの。この日はあいにくの雨に見舞われたが、一般の公道でのこのようなシステムの実験をするのは世界初だと国土交通省関係者は誇らしげで、国内のすべての自動車・二輪車メーカーと海外メーカー2社が参加した会場には、車車間通信システムを搭載したクルマたちがズラリと並んだ。

国産・輸入さまざまな会社のクルマを使った実験車が登場した。「あれに乗りたい、これに乗りたい」と浮つく想いを「アナタはあのクルマに乗ってください」(国土交通省)のひと言で断ち切られた。実験車には「第4期ASVプロジェクト」を表す「ASV-4」というロゴが描かれていた

各社の実験車はごく普通の現行車両。よく見ると、ルーフに見慣れないアンテナがガムテープで付けられている。「2種類の周波数帯があります。今のところは700MHzと5.8GHz。どちらにするかは実験の結果をふまえて検討したいと思います」というのは国土交通省自動車交通局の鈴木延昌さん。今回の実験の目的については「技術的や機能的に問題はないか、ドライバーへの影響はどういったところにあるのか、などを明らかにしたいです」と話す。ちなみに一部の自動車メーカー関係者は、2つの周波数帯について、「700MHzという(テレビの)UHF帯を使うとなると、(その周波数帯であるアナログテレビがなくなって)地デジが普及してからの話になる。そう考えると、ASV普及も時間がかかるんじゃないか。ひょっとしたらETC普及と同じぐらい、もしくはそれ以上の年数がかかるんじゃないか」と漏らしていた。

車車間通信のイメージがこちら

「どうぞ、乗ってみてください」という国土交通省スタッフの誘いを受け、実際にASV実験車に乗ってみる。試乗車は大型トラック! 実験では、見通しの悪い場所での追突事故、出合い頭事故、右左折での事故などの防止に効果が期待されるASVの「普及過渡期を想定した状況でのシステムの機能確認」(国土交通省)を行うため、実際にお台場エリアの公道を走り、他の自家用車タイプの実験車やバイクとのやりとりを観察することができた。

試乗した日産ディーゼル工業製トラック。運転席上のルーフ左右にアンテナが2本ずつ立っているのが見える。ひとつが700MHzでもうひとつが5.8GHzのアンテナだ。車車間システム一式の価格について日産ディーゼル工業の加藤幸祐さんは「10万円以内にしないとユーザーは買ってくれないのでは」と

車車間通信システムを積んだクルマとは、多少の通信ロスは見受けられたものの、的確にドライバーに相手の存在を知らせてくれ、慎重な判断と動作を促し、交差点進入時に新たな緊張感を与えてくれた。例えば、こちらのクルマが交差点で右折しようとすると、対向車線の渋滞中で停車する車列に隠れて見えない最も奥の列を走る直進車の接近を「ポンポン♪……」と知らせてくれたり、左折しようとするこちらのトラックの後続にバイクがいるのを「後方に2輪車がいます」と注意してくれたりする。言われてみると、サイドミラーにはバイクのヘッドライトがかすかに光るのを確認できる程度で、音声で知らせてくれるとさらに周囲への注意力が増すのは確かだ。

ASV実験車のトラック車内から見た様子。デモ用に設けられたモニターには、ASVの接近を知らせるアイコンが飛び出し、音声で注意を促してくれる。特に、大型トラックにとっては後方のバイクの確認はサイドミラーだけでは難しいかもしれない

しかし、ASV普及への壁は見上げるほど高いと感じるのも否めない。試乗した実験車の車内ダッシュボードには、普通のクルマには見られないほどの数の、電波を授受する装置が並べられていた。日産ディーゼル工業の車両開発電子電装担当の加藤幸祐さんは「左がVICS、まん中が光ビーコン、右がETCと同じようなシステムです」と教えてくれた。

つまりこのアンテナ類の数が、さまざまな省庁各局などが個別に推し進めているシステムの数と等しくなるわけだ。例えばASVは国土交通省自動車交通局が、光ビーコンを使った路車間通信による安全運転支援システム(DSSS)は警察庁が、道路側センサーからの情報との路車間通信によるスマートウェイは国土交通省道路局と……。どれも大いに期待されるシステムで、単独で稼動できるが、これだけ"垣根"があると搭載実験を繰り返す自動車メーカーもタイヘンだ。加藤さんは、「こうしたさまざまなシステムを合体させてさらに良いものをつくっていく取り組みもしていきたいです」と話していた。

ダッシュボード上は3種類の電波送受デバイスが。この外側にさらにASV実験用の700MHzと5.8GHzのアンテナが立っている。あくまで実験のために各種アンテナが単独で立つ状態だが、今後はこれらをひとまとめにした有機的な結びつきを模索していくという。まさにこれは、車載アンテナ博覧会や~!

一方で、加藤さんはこんなことも話していた。「ユーザーの『疑心と過信』が大きな壁になるでしょう。疑心がある時点ではこうしたシステムを買ってくれません。それにシステムがあっても過信があれば事故は発生します。さらに事故などが起きた場合、製造物の責任を問われると、さらに問題は複雑化していきます」と。

もちろん車車間通信システムへの期待も乗ってみて感じ取れた。この日のような雨天で左右の窓とサイドミラーが雨滴で濡れる状態でも、いち早く対向車や後続バイクなどの存在を知らせてくれるなど、今までのクルマにはないアクティブ・セーフティ機能が備わっているのは確かである。先日開催された第1回 国際カーエレクトロニクス技術展で展示されていた、呼気からアルコールが検知されるとクルマが始動しないという飲酒運転抑止装置などを思い出し、クルマと人との関わりを考える上で、「ドライバーの責任意識、さらにはモラル向上が、システム普及以前に必要なのかなぁ」とも感じた次第である。