「市場独占のシナリオを描くことが、ベンチャー成功のカギ」──政府系のベンチャーキャピタル、東京中小企業投資育成が28日に開催したセミナーの講演で、シンクロア代表取締役会長の荒井真成氏は、そう主張した。

シンクロア 代表取締役会長 荒井真成氏

荒井氏は、米IBMでThikpadブランドの立ち上げに携わった後、インテリシンク(当時はプーマテクノロジー)に入社し、赤外線通信やデータ同期サービスという新市場を開拓してきた人物。1995年に発売されたノートPCへの赤外線通信機能の搭載や、同期ソフト「Intellisync」のバンドル提供は、同氏が仕掛け人である。ノキアによるインテリシンク買収を経て、2007年11月にシンクロアを設立。同社は現在、NTTドコモの「電話帳お預かりサービス」やソフトバンクモバイルの「S! 電話帳バックアップ」を提供している。

荒井氏は講演で、そうしたみずからの経験をたどりながら、市場を独占するためのシナリオを解説。赤外線通信については、「ビジネスの検討を開始した1993年当時は、まだ通信の規格すらない状況で、ビジネス化は難しいとされていた。そこであえて赤外線通信のためのソフトウェアを開発し、OEMでPCにバンドルするという方法を採用した」という。

OEMとしてソフトをバンドルするメリットは、市販のパッケージ・ソフトウェアと比較して、ユーザーが利用するまでの障壁がはるかに少ない点にある。特に通信ソフトの場合、「2つ以上の機器をつなぐという前提があるため、購入した時点ですぐに利用できる状況になっていることが理想」だった。また、OEMの場合、ソフトウェアの単価こそ下がるものの、在庫を抱えるリスクや販売にかかるコストを考慮する必要がないため、「利益率はほぼ100%。価格も相手先との交渉によって決める」ことができるというメリットもあった。

実際、1995年初めは「ほとんどタダだった」ようなソフトウェアの単価が、Thinkpadへの赤外線ポートの搭載やソフトウェアのバンドル採用などが決まりだすと、20セント、1ドルと値を上げ、夏には5ドルになった。結果として、世界に出荷されたノートPCのうちの95%に同ソフトウェアがバンドルされるなど、市場独占に至ったという。

同氏は、成功のポイントとして、OEM、バンドル、2つ以上のものの結びつき(インターオペラビリティ)といったキーワードを挙げながら、これらは、次のデータ同期ビジネスにも共通していると指摘する。

1996年にデータ同期技術を持つインテリシンクを買収し、データ同期ソフトIntellisyncの提供を開始。データ同期のエンジン部分と、さまざまなモバイル機器をつなぐためのコネクタを分けて開発するというモデルで、サポート対象の拡大を図った。また、コネクタ開発のためのSDKを提供したことで参加者は一気に増え、サポートできるデバイスは300から400に及んだという。「赤外線ほどではないが、かなりのシェアをとることができた。それが、2005年にノキアに買収される際に、買収価格4億3000万ドルという価値につながった」と振り返る。

現在、シンクロアの中核事業である携帯電話向けの電話帳お預かりサービスも、データ同期技術を基盤としたものだ。アドレス帳、スケジュール、画像などをサーバに保管し、携帯電話、モバイル、PCアプリケーションなどとデータをシンクロさせるソフトウェア「SyncML」を携帯通信キャリアに提供している。

荒井氏によると、サービス開始当初は、「同期サービス」の名称で提供していたが、エンドユーザーからの反響はほとんどなかったという。だが、サービス名から「同期」を外し、「電話帳お預かり」にしたところ、ユーザー数は急拡大。現在までに合計で1000万人以上が利用するサービスになったとし、「発想の転換でサービスは化ける」ことを強調した。

最後に、同氏は、「赤外線、データ同期、電話帳お預かりと、取り扱う製品・サービスは異なるように見えるが、手法は同じもの。今は、全世界に向けた、市場独占の新たなシナリオを描いているところだ」と意気込みを語った。