【インタビュー】
――蜷川監督にとって、舞台と映画はどう違うのですか?
蜷川「舞台って、朝から晩まで公演が終わるまで、リハーサルから全員が同じ空気の中にいるんです。映画っていうのは終わった人はどんどん帰っていくから、現場の空気が動くわけです。演劇の場合は空気が動かないで、そのまま筒になったようにずっと続いている。空気が動く自由さっていうものを、映画演出に上手に使えないかなっていうのはあるんですね。藤原竜也君や小栗旬君も『蛇にピアス』にはゲスト出演してるんですけど、彼らも舞台とはまるで印象が違うんですよ。だから映画のロケーションとか、風景っていうものは役者を解放するんですね。この部分が違いで、映画は羨ましいと思いましたね」
――キャストだけではなくて、蜷川監督自身もそういう開放された意識を、この映画の仕事で持ったという印象があるのですが……。
蜷川「その通りです(笑)。ロケーションに出ると嬉しいし、本当の空気の中にいるっていうのは、舞台とは違う喜びがあります」
――蜷川監督程のキャリアの方でも、いまだに、そういう新鮮さを制作の過程で感じることがあるのですか?
蜷川「あるよ! 牛丼屋の前で隠しカメラで撮影とかね(笑)。ああいうのは、ゾクゾクして面白いわけ。いつも芝居では、偽物を使ってどうやって本物に見せるかっていう作業をしてるんです。舞台では、セットにしても人物にしても、アップにはできないから。人が大勢いて、シュって目線が主人公に向いたらそれがアップだというように、集団的な構造の中でカメラが寄るとか離れるっていう表現をやっていかなくてはならないんです。でも映画なら、カメラで寄ればいいんだから(笑)。それから、何よりも街の中にいく、行けるっていうのは、嬉しいことだったよ。僕は渋谷駅前のスクランブル交差点のところへ行きたくなるの。あそこが大好きで、カメラであそこに行きたくてしょうがなくて……。そういう実際の空気の中にいるのが、ゾクゾクするほど面白いね。オールロケの映画やりたいくらいですね」
――蜷川監督のお話された渋谷スクランブル交差点とか、何度も登場する小田急線とか、『蛇にピアス』は物語の神話的な構造だけでなく、映像的にも本当にメタファーが多くて、様々な解釈が可能な作品だと思います。原作を読んだ方、読んでない方も『蛇にピアス』を観ると思うのですが、蜷川監督は映画『蛇にピアス』を観客にどう楽しんで欲しいですか?
蜷川「あの映画を撮ったら、『実は僕の妹も16歳でタトゥー入れてるんです』とか、隠れたところで身体改造や墨入れたりとか、やってる人が結構いたんですね。もっと隠された世界の中では、そういう人たちが生活してると。あるいは日常的にはまったく見えないけれど、実はそういう隠された欲望というか、この世の明るさには、ちょっと違和感を持つ人たちもいるんだと。そういう人たちの思いと、そのことを奇異な変わったものとして見る人の目というものがあると思うんです。それが『社会』だと思っているんですよ。そういう社会の全体を剥いでいくと、ひとつの深いところで人間の存在にとって、どうしても神話的とも言えるような、そのことを抜きに出来ない世界っていうのがあるというところまで発見してくれたら一番嬉しいです。でも、表面だけでもいいですよと(笑)。僕はよく『エロ映画だぞ。セックス映画だぜ』って言い方してるんだけど、そういう風に思われても良いです。コンビニで立ち読みして、グラビアを観てる若者が沢山いるでしょ。つまり、そういう人が映画観に来て『ちょっと興奮したな』って、僕はそれでもいいと思ってるんです。そのふたつの世界が、うまく引き寄せられると嬉しいですね」
――蜷川監督は先ほど「今でも現場に出ると新鮮な発見や喜びがある」という風におっしゃっていたんですが、これからも色々と活動されていくなかで、「こうありたい」というような思いというか、核みたいなものはあるんですか?
蜷川「人に『蜷川、駄目だ』って思われてもいいんだけど、自分で自分の作品に失望したりする日、絶望したりする日が来なくて、『ああ、まだいいな』という風に思いたいですね。自分が『おお、いいなぁ』と思える作品を作りたいということだけしか希望はないから。感覚がいつもキラキラ輝いてて、現在をうまくキャッチできる能力がある演出家でいたいし、なりたいなと……。もうちょっとあると思ってるんですよ」
――「そんな演出家でありたい」という、何か脅迫観念のようなものがあるのですか?
蜷川「羞恥心ですね。僕は結局わかったんだよ! 羞恥心を消すには……、自分の中にある鬱屈だとか、自意識とか、恥ずかしいとか、それは演出してると消えるんだよ。それだけがあれば、ちゃんと生き続けるんだっていう感じがある。自分の自意識が消えるのは作品を作っている時だけなんですよ。岸田森って俳優が昔いたんだけど、彼は蝶々のコレクションをしてて、彼が蝶々の話をするとき、凄いキラキラしてたんです。僕にとっての蝶々は芝居だと、演出することだと思ってるんです。夢中になれるし、少年の日からそれだけに関わっていれば一番楽しかった。そういうものが演出なんだとわかった。そのことだけ。僕は蝶々がいつまでも捕まえられればいいなあと。歳をとると色んなものがいらなくなるから、あとはいらないや(笑)」
70歳を越えてなお、演出で「日々、わくわくするような新鮮な体験がある」と語ってくれた蜷川監督。これからも蜷川監督の「蝶々を捕まえる」キラキラした日々は続いていくだろう。
(C)2008「蛇にピアス」フィルムパートナーズ
インタビュー撮影:石井健
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