凸版印刷の運営する印刷博物館。そのなかにある参加型展示「印刷の家」のインストラクターである川俣康男さんから、活版印刷全盛当時の貴重なお話を伺うことできました。川俣さんはかつて、凸版印刷の文撰・植字工として活躍された職人さん。エディトリアルデザインに関わる方はもちろん、印刷やデザインに興味があるならばとても面白いお話ばかりです。

今回お話を伺った、インストラクターの川俣康男さん

ここで活版印刷の歴史を紐解いておきましょう。活版印刷とは活字を組み合わせた版で印刷する技術のことを指します。起源は諸説ありますが、システムとして体系化した功績から15世紀ドイツのグーテンベルクが発明者として認知されています。日本では明治初期、本木昌造、平野富二らの尽力で活字販売会社の築地活版製造所が設立され、活版印刷が本格的に行われるようになりました。現代では写真植字、DTPと組版手法が移り変わりましたが、活版印刷は500年以上の時を経てなお、今も息づく技術となっています。

膨大な活字の量に圧倒される。日本語の成り立ちが詰まった小宇宙

――こちらの活字棚は活版印刷体験コースのものと違うようですが。

川俣康男(以下川俣)「ここに並べられている活字は、実際の仕事で使うために分類されているものです。活字自体は凸版印刷で使われていたものを持ってきています。活字の使用頻度ごとに「大出張」、「中出張」、「小出張」と棚が区分けされていて、さらに仮名は「いろは」順、漢字は部首ごとに分類されています」

実際の仕事で使われる活字棚。いわばプロ仕様の作業場です

「大出張」の分類名がみえます。8ポイント活字の小ささにも注目を

――この分類は、職人さんの経験から体系化されたのですか。

川俣「それもありますが、印刷物の分野によるところもあります。法律、医療関係の専門書を扱う印刷会社なら、学術用語の漢字が頻出活字として分類されますね。旧字や異体字、外字も用意してありますよ」

――これだけ膨大な量の活字を、文撰工の職人さんは把握しているわけですか!

川俣「文撰工1人で、だいたい3000文字分の活字を拾います。活字のある場所は部首で分かりますから、漢字の読みが分からなくても拾うことはできるんです。文撰工の最初の修行は、実は活字を棚に戻す作業なんですよ。こうして、活字のある場所を徐々に覚えていくんです」

――そうすると、活字の配置をマスターした文撰工の職人さんはその印刷会社だけでしか作業できなくなってしまう?

川俣「いいえ。印刷会社ごとの特色はあるとはいえ、基本的な活字の配置はどこも同じようになっています。別の印刷会社に移っても大丈夫です」