三菱自動車の「ランサーエボリューションX」(以下エボリューション)は、国産車としては初めてツインクラッチ機構を備えることになった。同様の機構としては、フォルクスワーゲンの「DSG」などが有名だ。これらの機構は、コンピューター制御で素早いクラッチ操作を行ない、効率の良い運転を可能にする。2ペダル(クラッチペダルレス)であるため、AT(オートマチック)限定免許で運転できるのも魅力だが、やはりスポーツドライブへの適性や、伝達効率が気になるところ。そこで、三菱自動車にツインクラッチの特長を聞いた。

TC-SSTを搭載した三菱自動車 ランサーエボリューションX

三菱自動車でドライブトレインの開発を行なっている、竹越潤治 開発本部ドライブトレイン技術部エキスパート(以下敬称略)。エボリューションに搭載されているツインクラッチは「Twin Clutch-SST」(以下TC-SST)と呼ばれている。また、ツインクラッチはデュアルクラッチとも呼ばれることがあるが、同じ意味である。

--TC-SSTの仕組みについて

竹越潤治 三菱自動車工業 開発本部ドライブトレイン技術部エキスパート(ドライブトレイン試験担当)

竹越:TC-SSTでは、2つの変速機を1つのケースに入れていると思っていただくといいと思います。変速段でいうと、1、3、5速のミッションと、2、4、6速のミッションを同じミッションケースに入れて、最後にディファレンシャルのところで1つになっています。クラッチを繋ぐか離すかによって、2つのミッションのどちらを使うかを選んでいます。たとえば1速で走っている場合、もうひとつのミッションは2速に入ったままクラッチは離した状態で待機しています。ギヤチェンジでは1速側のクラッチを切って、2速側のクラッチを繋ぐだけですみますから、非常に素早い変速が可能になるわけです。

これまでのAT(CVTを除く)ではトルコンという流体を使って動力を伝達しますから、エンジントルクの立ち上がりがゆっくりでなめらかになりますが、TC-SSTではそうした液体を使わず、クラッチを介してダイレクトに繋いでいるので、変速の時のスリップ感が少なく、トルクが伝わり始めてから前に出るまでの時間が短くなるのがメリットです。

--デメリットは?

竹越:デメリットとしては、ダイレクトに繋ぐのでショックが出やすくなることですね。特に低いギヤの1速2速では変速ショックが出やすくなりますから、低速走行を繰り返すような日本の道路事情は苦手ともいえます。作る側としてはこのショックを減らすよう工夫するわけですが、ショックがあったほうが前に出てるという感じがしていいというお客様もけっこういらっしゃいますね。

エボリューションでは、アクセルの踏み方で変速を早めたりゆっくりにしたりしますが、それをもっと明確にわかるようにするために、シフトレバーの根元部分にモードスイッチを設け、「ノーマル」「スポーツ」と「スーパースポーツ」という3つのモードを選べるようにしています。モードによって変速するスケジュール(回転数)が違うのと、クラッチを繋ぐ方法も変えてまして、スポーツ、スーパースポーツとなるに従って、ギヤチェンジが高回転になり、ショックがあってもとにかく早い繋ぎ方をするようにしています。走行シーンとしては、スポーツは山道、スーパースポーツはサーキット走行が前提ですね。街中などでは穏やかな「ノーマル」と、それらをお客様がスイッチで選べるようにしてあるのがエボリューションとしての特徴です。

--TC-SSTは自社製?

竹越:いいえ。正式名称は「ゲトラグフォード」というんですが、そこからトランスミッションを購入しています。変速の制御プログラムもゲトラグフォードが作っていますが、最終的な味付けはゲトラグフォードと三菱自動車と合同でやっています。彼らにとってはエボリューションというクルマは初めてですから、クルマの味付けをこちらが示して、それに必要な制御を彼らが作る。それを我々が評価してまた変更点を示して、といった形で改良していきます。先ほどのノーマル、スポーツ、スーパースポーツなどのドライビングモードを3つに分けるのは、我々からこういうふうに味付けしてほしいと提案したもので、大きな変更は5回くらい行ないました。

--フォルクスワーゲンの「DSG」との違いは?

竹越:ワーゲンの「6速DSG」は同心円上にクラッチがありますが、我々のクラッチでは直列に置いています。これはスペースとトルク容量の関係で決まってきますが、同心円状に配置すると外側のほうが遠心力が強いですから、内側クラッチの潤滑が非常に厳しくなります。直列では遠心力は同じなのでオイルを溜めておくことができます。オイルの温度やクラッチの放熱性は同心円式のほうが厳しいですね。そのせいか、今年(2008年)2月に発表された「7速DSG」は、クラッチが直列式に変更されています。

今のところエボリューションのTC-SSTは、横置き用ツインクラッチとしては最大のトルクに対応しています。これ以上のトルクに対応するものは縦置きになります。エボリューションの最大トルクは公称で420Nm程度ですが、当然ぎりぎりにはしませんからそれ以上のトルク容量に対応しています。

TC-SSTのカットモデル

TC-SSTの構造。1、3、5速と、2、4、5速が分かれているのがわかる